8.探索1
今度来るときは、万全の準備を整えるはずだったが、先立つものもなく、燻製にした豚肉と水、鶴嘴とシャベルそれとあるものを持って穴入りした。シャベルは武器になるしね。猫ちゃんは解体用の包丁を装備している。装備っても、ただ持ってるだけなんだけどね。
その辺を掘れば宝石が、出てくるなんて戯言を信じたわけじゃないぞ。猫ちゃんが、嘘を言っているわけでもない。おそらく価値の無い綺麗な石を、宝石だと言ってるんじゃないだろうか。猫ちゃんならビー玉だって宝石だって言うかもしれん。だけどその人が『これは宝石だ』って思えば宝石なのかもしれないけどね。ではなぜ行くか、それは現地で確かめれば、金になりそうなものを見つけられるからだ。うだうだ考えてもわからんものはわからんのだ。そもそも掘ったら宝石らしきものが出ました、俺にそれが宝石だと鑑定できんの?無理に決まってる。たぶん宝石かどうかの基準なんかは、どこかで決められてるんだろうね。
俺の目論見はこうだ。村なり町に行く、お店で安物の装飾品などを探す。それを帰って売る。なんせ異世界の装飾品だ、それなりに欲しがる手合いはいて、価値があるに違いない。現地のお金もないのに、どうすんだって?ここで、あるものが役に立つんだ。それは使い捨てライター。猫ちゃんも大絶賛の不思議な道具だ。これはあちらの世界で売れるに違いない。
腰と背中の痛みは、前回来た時ほどではない。少しずつ俺は慣れてきているのだろう。何しろ豚の切り身を何回にも分けて運んだからな。あのとき通り抜けるのに苦労した地点だけを、シャベルと鶴嘴で広げておいた。やりすぎて落盤でも起きたらまずい。
それで今は、ジャングルの濃い緑を掻き分けながら、進んでいる。とにかく地面が見えないほど、蔓や草に覆われている。蔓に足を取られて転ぶと、そのまま蔓に引っ張られていたので、慌ててシャベルで断ち切った。一瞬の油断が死に繋がりそうだ。
夜になると、いや、穴の中に夜がくるなんて思いもしなかったんだが、辺りは暗くなって、薄気味の悪い吠え声に、包まれることになった。
「どうなってやがる。夜があるのか?」
「おっちゃん、口調がどんどん野蛮になってきてるよ。ここら辺りはもう穴の外じゃないかな」
「境界がわからんな」
「このジャングルの中じゃ野営は無理かもね」
そんなわけで、徹夜で進むことになった。猫ちゃんの夜目があれば、なんとかなりそうな気もする。俺の首からぶら下がった何かの頭蓋骨が、薄っすらと辺りを照らしている。突然猫ちゃんが叫び声をあげた。
「おっちゃん!右斜め上から来るよ」
そんなこと言われても、普通なら意味が通じないのだが、なぜか俺にはピンとくるものがあった。
猫ちゃんが、鋭い爪で襲撃してきた奴に、一撃を入れるのが見えた。すかさず俺は、シャベルを一閃した。ギィィィィンという、硬いものに当たった音がして、重いものが下に落ちたと感じるのと同時に、猫ちゃんの叫び。
「後ろと前からも来る。後ろが先」
なんとも余計な言葉は無く、的確に状況を伝えてくる。戦闘慣れしているとしか思えない。そして言葉を発するのと同時に、すでに身体は反転して後ろへ動き出していた。その動きを、俺はしっかり捉えていた。なんだろう・・・これ俺なのか?こんな動態視力あったっけ?そんな疑問を頭の隅に追いやり、後ろから来る襲撃者にシャベルを向ける。さすがにまだ姿は黒い影にしか見えないが、二足歩行のワニのようなシルエットだ。猫ちゃんは軽くポーンと飛び上がったかと思うと、腕を横なぎに一閃すると、ワニから叫び声が漏れる。おそらく爪がどこかを裂いたのだろう。俺はシャベルを前に突き出し突進した。ズドッという音がして、抵抗感のあとズブっと刺さったような感触がした。俺とほとんど背の高さは同じくらいで、薄っすらと照らされた相手は、まさしくワニが直立していた。猫ちゃんの爪にやられたのは右目だった。俺はワニの腰の辺りに足を置き、見事に突き刺さった腹から、蹴るようにしてシャベルを引っこ抜いた。引っこ抜いた勢いのまま、正面から来ていたワニの顔面に叩きつけるが、微妙にタイミングがずれて鼻面を擦っただけに終わった。ワニ男(ワニ子かもしれないが)は驚いて一歩後退ったが、そのまま回転するように尻尾を振り回してきた。俺はジャンプして避けたが、感覚に慣れていなかったので、飛びすぎてバランスを崩してしまった。片足で着地して、とっとっとっと横に移動したところを、一周してきた尻尾に足を掬われ、背中から倒れた。戦いに慣れていないことも災いして、シャベルを手放してしまった。ワニ男はドタドタと不恰好な足取りで突っ込んでくるが、ガキッという岩を砕いたような音とともに、此方へ向かって倒れこんできた。その頭には鶴嘴がめり込んでいた。
「硬~い!手が痺れちゃったよぉ」
良く見ると、鶴嘴は刺さっているが深く刺さってはいない。俺は急いでシャベルを拾って、止めを刺した。
「やべぇ~もう来ない?」
「うーん、もう来ないみたいね」
「このワニはなんだ?亜人か?」
「うにゃ、人の形跡が皆無だから獣か、魔物だと思うよ」
「これ食える?」
「食ってみる?」
「うん。解体しよう」
一時間掛かって、一匹を解体できた。皮が硬くて時間が掛かった。筋肉質な肉は脂身が少なく美味しそうじゃなかった。まぁ贅沢は言ってられないので、とりあえず生のままリュックに詰めた。明るくなってジャングルからでたら燻製にしておこう。
「ひゃっ、おっちゃん!背中になんかいる」
突然の猫ちゃんのかわいらしい悲鳴に、俺は首を捻って背中を見ようとするが、見えるわけが無い。
「えっ!ナニナニナニ?キモッ。手が届かない」
猫ちゃんが、包丁を振り下ろそうとしている。
「ちょ、ちょとまて!動くな。俺の背中が死ぬ。やめれ。包丁をしまえ」
なんかパニくって支離滅裂になっている。背中に居る何かは、服の背中に張り付いたままだ。動かないようだ。猫ちゃんが顔を近づけて観察している。
「緑色でぬるっとしてそう・・・なんだろうこれ」
包丁の先っぽで突付いていると、
「いたいよ!」
「「うわーしゃべった!」」