5.日常の亜人5
あぁ軽々しく付いて行くなんて言わなけりゃ良かった。
穴に入って15分で音をあげた。
なんと情けない・・・まぁしょうがないよね。現代人歩かないもん。しかも俺は引き篭もり。
歩くだけじゃない、中腰で歩いて時々腹ばいになって匍匐前進の繰り返し。
こりゃ怪物だってこんなところは来ないだろう。
それと、なんでこんな一本道の洞窟が、蟻の巣みたいだって言うのか、さっぱり判らなかったが、穴を振り返って見て理解した。
こちらから見ると一本道に見えているが、反対側から見ると複雑に分岐していた。
これは帰りは迷うだろ。と思ったら猫ちゃんは、ちゃんと目印を残していた。
横幅は広くなるが、縦には広くならないので、真っ直ぐ歩くのは困難だ。
俺だけ「はぁはぁ」と息をしていて、一分ごとに休憩するので、なかなか前に進まない。
「どれくらい進んだ?」
「うーん三十分くらいかな・・・」
「えっ・・・まじか・・・なんか迷惑かけてるな・・・すまん」
「おっちゃん、がんばれ」
猫ちゃんは、笑顔で励ましてくれた。疲れがフッと解消されていくような気がした。
しかしその言葉の効力は五分も持たなかった。
そして三時間後、穴は突然広くなった。俺の腰は伸ばすのにかなりの時間を要した。
早朝に穴に入ったので、こんなに時間がかかっても、まだお昼前だった。
俺の疲労が半端ないので、早めにここで昼飯にすることにした。
狭い穴を抜けたところは、テラスのようになっていて、緩やかな下り斜面の向こうは、広間のような空間が広がっている。対面には幾つかの穴が見えている。
こんな広い空間があって良く崩れないもんだなと、感心するばかりだった。この上にある地上は、いったいどこなんだろう?
三時間ほど歩いたとしても、人が住んでいるところから出るわけもないんだからな。多少の山とかはあるだろうけど、人跡未踏な地域など皆無だろう。こんな山奥に家があるって驚くくらいに、人はいるはずだ。
そういえば、洞窟の中なのにやけに明るいな。今更だが・・・。
今まで苦労して中腰で進んできた穴は、薄暗かったけど、ここは明るいと形容してもいい。
猫ちゃんがジッと俺を見つめている。
情けない姿に失望でもしたのか・・・。
だよなぁ・・・年寄りってだけでも嫌う理由になるし、ここまで体力がなければ、好きになる要素がないじゃないか。それでも体を許しあった仲なんだけどな。
「ねぇ、気持ち悪かったり頭が痛かったりしない?」
「うーん、疲労感はあるけど、吐きそうだとか頭痛はないなぁ。背中に曲がった針金が入ってるみたいな感覚ならあるぞ」
今の俺は、腰の曲がった老人のような感覚を味わっていた。まぁ老人ではあるけれど、昔のように腰が曲がった老人なんてのは、殆ど見かけない。何度も伸びをして背筋を伸ばすようにしているが、なかなかすっきりとしない。
俺の体調を気遣ってくれているんだと、純粋に思い違いをしていたのだが、どうやらそういうことではないようだ。
昼飯といっても、握り飯ひとつなのですぐ終わる。ぜんぜん足りないんだけど、贅沢はできないのだ。
まだ背中が強張っているが、先へ進まなければならない。
二人は、広間のようになっている所へ向かって歩き出した。
「なんでこんなに明るいんだ?」
「土や石が光ってるのよ」
「なんで光るんだ?」
「精霊とか妖精とかのせいね。たぶん」
うん、答えになってないな。しかしすぐ後に、それを目の当たりに見て納得してしまった。
通り道の先で、塊が光りながら蠢いている。周りが充分明るいのに、更に輝いて見える。
「あれはなんだろう?」
「あれが精霊よ。たぶん何かの屍骸があるんだわ」
「え・・屍骸に群がるんか?」
「んーーえっとね、屍骸が放置されてるといずれ腐るよね。そうならないように浄化してるっていうのかなぁ」
「へぇーそうなんや」
光の塊に近づくにつれ、精霊ひとつひとつがわかるくらいに見えてきた。しかし精霊の行動そのものが浄化というより只単に、腐りかけた屍骸を食っているようにしか見えなかった。爆食いだ。
猫ちゃんの目が若干泳いでいる。
屍骸が骨だけになると、精霊たちは一斉に飛び離れる。光が拡散していく様は幻想的な眺めだ。骨は徐々に光を失っていったが、まったく失われたわけではなく、周りの明るさに同調したようだ。
「これ照明の代わりになりそうだな」
持ち帰るために、頭蓋骨のみリュックにしまった。
広間のような場所に着くと、地面が無数の骨だとわかった。
「ここって墓場みたいな感じだな。死を悟った動物が、本能でここを目指して集まってくるみたいな」
「うんうん、そういう伝説みたいの聞いたことあるわ」
俺と猫ちゃんは、広場の端にある穴を見ている。
穴は3つあって、さっき抜けてきた穴より大きい。直立しても充分歩ける高さと、5人並んでも歩けるくらいの幅もある。
「さぁどれにしよう」
「右端かな」
「なんで?」
「地面に落ちてる頭蓋骨見て、右端が割と小さいのが多いわ。逆に左端は大きいから、大型の動物が多い感じよね」
「この穴から出てきたそのままの位置で死んだと?」
「うん。多少は混ざってるだろうけどね」
「でも大型の草食獣かもしれんよな」
「おっちゃん、この鋭い歯並び見てくださいな」
おぉ、言われてみればその通りだった。猫ちゃんちゃんと把握してんだな。そして俺たちは右端の穴に進んだ。登ったり下りたりしながら、俺が根をあげるまで進んだ。