4.日常の亜人4
「おっちゃん、そんなに引っ張ったら腕がぬけちゃうよぉ」
家まであと少しのところで、猫ちゃんが文句を言い出した。
「いいから、早く帰ろう」
「わかったよぉ、帰るから引っ張らないでって」
家の玄関は錆付いて開かないので、裏から入る。盗られるものもないので、鍵なんか掛けてない。
猫ちゃんを座らせると、俺は捲くし立てた。
「あの穴はなんだ?!真剣に見てたよな。なんか知ってるんか?」
「あいつらって言ったよな」
「どいつのことだ?自衛官か?野次馬か?」
「おっちゃん!おちついて」
「・・・・・」
「話すから、ね?」
「わたし攫われて逃げてきたって言ったよね?」
「あ、あぁテレビに犯人が映っていたんか?」
「う、うん、犯人って人じゃないけどね。」
「ん?亜人か?」
「亜人はほとんど仲間だよ。こちらで産まれた子以外はね」
「こちら?」
「うん、こちらの世界とトンネルの向こうの世界」
「むこう?」
「うん、まぁ黙って聞いてよ。わたしは向こうで産まれたの。トンネルの向こうに、同じような世界があって・・・
要約すると次のようなことらしい。
向こうの世界には、もう一つ別の世界があって、同じように生活しているらしい。ただこちらよりも発展してなくて、人間よりも亜人のほうが多いのと、身体能力が亜人のほうが勝っていて、どちらかというと人間が虐げられている。
ただし人間の方が賢くて、亜人は体よく騙されやすいので、人間にうまくこき使われている場合もあるんだとか・・・。そして仲間だと思っていた人間に、騙され攫われて穴の奥に、閉じ込められていたんだが、隙を見て見張りを倒して逃げ出したら、偶然裏の家の床下に出たらしい。
こちらの世界に売り飛ばそうとしてたらしいが、猫ちゃんが強すぎたんだろう。持て余していた油断もあったのかもしれない。
てことは、こちらの世界にもあちらの人間が紛れてるってことか?で、どちらの人間かは判らないが、亜人と関係を持ってこちらの世界で生まれた亜人がいるってことだ。あれ?俺もじゃね?もしかして、俺と猫ちゃんも出来ちゃったらそうなるんだよな。いや子供もほしいけどさ、亜人が生まれる確率のほうが高いわけで・・・まぁいいか、亜人だろうが俺の子なんだ。
でも、亜人が生まれてるのは異常分娩だって聞いたけどな・・・その話も偏っているのかな。
そして何よりも重要なのは、怪物もいるってことだ。それらがこちらの世界に来るようなことになったら・・・・。
「え!それじゃここに居たらヤバいんじゃないのか?」
向こうの世界と繋がってる穴は蟻の巣のように縦横無尽になっていて、同じ穴を通って追ってくるのはありえないと、猫ちゃんは言う。おそらく偶然裏の家に出たし狭いし、追うのは無理・・・みたいなことを言ってた。
「実際私は何日も縛られて穴に放置されてたくらいだもん」
「うむぅ、それもそうだな、しばらく注意して監視しておくかな」
それから一ヶ月程様子を見ていたが、何事が起こることもなかった。
でも、生活の情勢はどんどん悪化していた。
スーパーの品揃えは更に悪くなり、値段も高騰していた。
「こりゃもう肉なんか食えそうも無いな」
「野菜も高いね。インスタントラーメンなんかすぐ売り切れちゃうしね」
ちなみに猫ちゃんは、啜れないがラーメン好き。猫舌じゃないんだろうか・・・。
「なんとかしないと、俺たち生きていけないぞ」
猫ちゃんと暮らすようになってから、生きる望みみたいなものが湧き出してきていた。食べ物くらいでこの生活を壊されてたまるか、と思うのだが、されど食料というわけで、どうすることもできなかった。
最近猫ちゃんの様子がおかしい。
夜中に居ないときがある。独りで出歩くのは危険なんだよ。
ある日、俺は猫ちゃんと膝つき合わせて話すことにした。
猫ちゃんとは一緒に暮らしてるけど、強制してるわけじゃないし、体の関係もあるけど無理強いしてるわけでもない。食料は基本小さな畑と、俺が購入しているもので、猫ちゃんが自立しているわけじゃないけど、それを餌に同居するように脅してるわけでもない。
お互いが好きで暮らしているんだ。まぁ猫ちゃんが世間知らずで、独りで居たらおそらく人間に騙されるのは目に見えているし、猫ちゃんもそれを理解しているようだ。
手前味噌だが、俺のような良い奴はいないってことよ。
どうやら猫ちゃんは、夜中に穴を通ってあちらの世界へ戻っていたらしい。正しくは向こうへの道筋を探していたということだ。
「おっちゃん、ごめんね。あちらへ行ければ、食料なんとかなるかなって思ったの」
「ふーん、そうだったのか。でも心配するからちゃんと話してほしかったな」
「うん。心配させてごめんなさい」
「んで、どうなんだい?危険とかないんかい?」
「うん、穴のなかはあんま危なくないよ。なんせまだ狭い穴だからね。もう少し行くと広がるとおもうんだけど、そこから危ないのが出てくるかも」
「そうか、んじゃ俺も一緒に行ってもいいか?」
「うーん・・・でもかなり狭いよ。狭いところに閉じ込められておかしくなるのってあるよね」
「あぁ閉所恐怖症ってやつな。どのくらい我慢すれば抜けられそうだ?」
「そうねぇ、二時間くらいかな。それを過ぎれば楽になるかも」
そんなわけで、俺も一緒に穴に潜ることになった。猫ちゃんにしたら迷惑千万なんだろうけど、食料問題は人事ではないのもあるし、あちらの世界というのに興味もある。なんたって異世界だろ?もうすでに亜人なんてのが、現実として存在して、あの穴はダンジョンってことだよな。年甲斐もなく興奮するのだった。
もしかしたら向こうのほうが暮らしやすかったり・・・しないよなぁ。怪物いるんだしな。