29.来るべき異世界
この数年というもの、淹れた事の無いお茶など召し上がりながら、俺たちは固唾を飲んで待ち構える。一口お茶を口に含みながら、前のめりの俺たちに居心地の悪そうな顔で、遠山氏は口を開いた。
「田中さん、アレはすごいです」
「・・・なにが?」
猫ちゃんもサビアも俺のほうに顔を向けて、なんのこっちゃと問いかけるような目で見つめる。
「あ、いえ失礼。魔核のことですが、レアメタルの含有量だけじゃなく、他にもいろいろと出てきました」
「はぁ、いろいろですか」
「えぇ、まぁこれから研究していくことになりますが、世の中が変わるほどのものだと思っていただいていいでしょう」
「へぇそうなんですか」
「この金属が云々これが云々・・・中略・・・
・・・というわけで云々なんですが、こちらの云々は・・・後略」
遠山氏の説明は永遠に続くかと思った。俺たちは意味が理解できずに、半分相槌を打ちながらも、早く終われ早く終われと呪文を唱えていた。報酬の話だけはしっかりと聞いていた。以前に聞いた金額よりかなり多めだったので、断る理由はなかった。手持ちの魔核も全て色分けして渡した。色については何か特別な理由があるとかで、今は俺にしか見えないが科学的に調べる方法はあるらしい。そして色によって含まれる成分が異なるということらしい。まぁ兎に角これからも供給してほしいので、正式に契約したいのだそうだ。といっても、契約書を交わしたりするわけではなく、其のときの相場で買い取るけれど必ず買うわけではないことと、他所に売ってもいいよって緩い取り決めだった。
ぶっちゃけ、俺たちが態々異世界から持ち込んでも、たいした量にならないのは分ってる。結局他国から輸入すれば賄えるんだからね。でもたぶん、他に何かあるんだと思う。世の中が変わるほどの何かが・・・。
「それでですね、田中さん!」
改めて俺の顔を見つめる遠山氏。退屈している顔をもろに見られた。
「あれ?田中さん、顔色が優れませんね。そういえば肌が乾燥してませんか?」
そう言いながら、膝立ちしてこちらに詰め寄り、手を握る。俺にはそんな趣味はないぞ。
「えっ!ちょ・・俺そんな・・・」
「ほら、なんかカサカサしてませんか?身体がだるいとか、関節に違和感ないですか?」
猫ちゃんも、俺の腕に手をやって触ってくる。
「ほんとだ。なんかカサカサしてるね」
それで結局無理やり検査入院ということになった。そりゃそうだ、向こうで悪化したらどうにもならないからだ。サビアの魔法では病気は治せない。傷のように明らかに壊れたことが分ってないと、何を治すのかも分らないからだ。治す場所が分らないときは、頭のてっぺんからつま先まで全てを対象に治癒していけば出来ないことはないが、魔力が足りないし時間が掛かりすぎて、サビアの体力が持たない。ならば俺の能力を・・・いやいや、そんな簡単にはいかない。今回のこの病気が俺の能力が根幹になっていたのだ。
以前も書いたことだけど、傷を治していく過程でコラーゲンが重要な役割を果たすらしい。で、サビアの魔法でも俺の能力でも基本は同じである。コラーゲンを作り出すにはビタミンCがないと作れない。ヒトは自力でビタミンCを作り出せないので、摂取して補っているのだが、通常はビタミンが不足するということは滅多にない。昔船乗りが長い航海でビタミンCが不足になって壊血病になって死ぬということがあったが、現代では起こりにくい。でも無くは無い。それと同じことが俺の体内で起こってしまったのだ。ビタミンCが不足していたのだ。危うく壊血病になるところだったというわけだ。特に俺の場合は治癒速度も範囲も桁違いに速くて広い。通常のビタミンCの摂取では間に合わなかったのだ。しかも、肉の多い偏食だったのも災いした。これは今後も気をつけないといけない。そしてサビアがビタミンC不足にならないのは謎だ。それにしても自身の体内にある栄養素で治しているってのに驚いている。
相変わらず人口は減り続けているらしいが、一方では異世界からの流入もあるのに、それは人口に加算されていないらしい。食料は殆どを輸入に頼っていて、農業や牧畜生産者は減り続けている。生産者の中には亜人を使っているところも出始めていた。人間と看做されていないから税金も権利も適当になっている。元々酷使されることに慣れていることもあるが、いずれそんな環境に嫌気がさし逃げ出すのではないだろうか。そういうことをちゃんとしようよという人もいるにはいる。なかなかうまく行かないのが現実だ。
何故異世界から来るのか、亜人たちはそこに穴が開いていたからと答える。だけど、穴の前には密林と魔物という障害が、立ちはだかっているのだ。百人単位でそこを抜けて穴を目指す、穴に辿りつくのは数人だ。此方の世界で働ける環境があるわけでもない。犯罪を犯す。最初の頃は気味悪がられて、屠殺されていた。実に恐ろしいことだが、それが普通に行われていた。生き延びるのには食べなければならないが、粗食に慣れていてゴミを漁れば生きていけた。それも侭ならなければ穴と密林の間で弱い魔物を狩り食べていたので、餓死することはなかった。魔物を食べていた亜人は、身体能力が落ちることなく生活していたので、危険な仕事に在りついたりしてこの世界に浸透していったのだ。それでも異世界で暮らして生きていくより楽だった。残飯ですら美味しかったし、危険といわれる仕事もどこか基準がおかしかった。殺しあうこともないのに危険ってなんだ。
人間側にも当然のように悪いやつはいるわけで、亜人を捕獲して金儲けするやつもいた。そして利権が生まれると、それを禁止することすら難しくなっていく。歴史は繰り返されるわけである。人権がーーーって叫んでいた人たちも、人間じゃないからいいよねってことになる。怪しげな保護団体も、アレは動物じゃないんでね・・・などと言い出す。イルカやクジラより賢いんだが・・・そこら辺はいいらしい。可愛ければ許すみたいな人たちも、亜人ねぇ・・・ペットにならないし、賢すぎて怖いところもあるしね・・・いらないわ。喋るみたいだけど、何言ってんのかわかんねーし。萌える要素がないもん。だって普通に人間みたいな見た目だろ?ムリムリ。外国からは異世界と繋がって、亜人がこっちに来てるぞみたいな話しが伝わってこない。まったく繋がってないのか、どこかで規制されてて・・・いやいや人の口に戸は立てられないんだ。どこかから漏れてくるはずだし、日本が亜人のことを隠してもいないからな。どうなってるんだろう?
移住することが決まってから、メンバー全員用にクロスボウを通販で買った。銃刀法のおかげで、剣など持てないから仕方ない。法律の許す限りのナイフも買った。向こうでの狩猟用だ。猫ちゃんには包丁の代わりに鉈を何本か買った。重くてもまったく問題なく使えると、喜んでいた。サビアは香辛料がお気に入りなようだ。妖精に貰った容量の多い袋に、塩や味噌、醤油などを詰め込んだ。
病気というアクシデントはあったが、こうやって無事に異世界へのトンネルを潜り抜けている。この穴がなければ猫ちゃんとも会うことが無く、もしかしたら俺の寿命は尽きていたかもしれない。異世界に感謝である。なんて気を緩めたら明日にはお陀仏になっているかもしれんがね。
「おいっ!あんたら荷物でかすぎだろ。穴とおらねーよ」