26.老人たちの思惑
治療の報酬は、金貨5枚だった。いや、命を救えたんだから文句はない。まぁ価値はよくわからないんだが、金の含有量にもよるだろうケド、50万円くらいだろうか。でも命は安いのが改めて分った。
隊商はこのまま王都を目指すのだそうだ。元々王都に店を構えるフェルメール商会というのだそうで、定期的に南の都市を巡って交易をしているらしい。それで南の方には色々と物騒な生物がいるらしい。あの盾をボコボコにする甲虫や、皮膚の厚いワニ(序盤に遭遇している)、盾の材料になるメタルバケスなどだ。なんかそんな環境なので、防御の高い生物が多いらしい。とにかく固い。そんなところで暮らしている人間も大概だろ。王都に来たら寄ってくれと、顔つなぎ程度のつもりだったらしい。いやいや、命助けてんだけどね。
それから二日移動して、最初にサビアと遭遇した分かれ道を通り過ぎた。サビアは俺と目を合わせないようにしていた。食材は毎日狩りで少しは満足できる範囲になっている。一番の問題は野菜だ。いろいろと雑草を採って来ては試している。特に農家のお年寄り(っても、俺とたいして変わらない年齢)の知識はすごい。ほとんど食べられるものしか採って来ない。植生は違うけど、まったく異質というわけではないので、似たようなものから採って来てるんだろう。そんなお年寄りが俺に聞いてくる。
「なぁあんた本当に73なのか?」
「あぁ間違いなくそうだよ。戦争中に仕込まれたらしいんだ」
「イケイケドンドンが終わった頃やな。どうみてもそんな歳にみえねぇけどな」
「んーやっぱりそう見えるんか?あんたらも結構若返って見えるぞ」
「ふむ・・・あのなぁ実は毎朝ギンギンでな・・・」
「あははは・・そりゃ良かったじゃないか」
「笑い事じゃ済まなくなってるって。あんたみたいに猫のアレが居ればいいけどな」
そう言って獲物を捌いている猫ちゃんを指指すと、全老がうんうんと頷いている。猫ちゃんをアレ呼ばわりとは許しがたいが、まぁそう思われても仕方が無いよな。老人の発情にも困ったもんだ。
「まぁそれは自分で相手探してくるんだな。こっちの世界ならすぐに相手は見つかるかもしれんぞ」
「うーん、そうだなぁ。向こうの世界に帰っても家族がまだいるのかもわからんからなぁ。畑も田んぼも無くなってるだろうし。そうは言うけどよ、出会いがねーよな」
「けどなぁ、こんな過酷な世界じゃ生きるのも難儀だわなぁ」
「でもな、ここ数日なんだがな、前より力があるっていうだか、活力が漲ってるってかあるわな」
「そうよ、槍でもあれば倒せそうな獣もいるよな」
それを横で聞いていた、トラックの運転手が仲間入りしてきた。
「おぅそれそれ、移動を始めたくらいから腕力がすごくなってるんだ。田中さんよ、あんたも此方へ来てから強くなったんか?」
「あぁたぶんそうだ。最初はヘロヘロだったからな・・・」
此方へ入り込んだ頃からの苦労話で盛り上がった。自衛隊の人たちは帰る場所があるからいいけど、この人たちには帰る場所はないんだよな。どうなるんだろう。自治体か国がなんとかしてくれるんだろうか。うーんないかもしれないな。逆に国から出て行くことには強制的に禁止することはできないのだ。これはイスラム国によって、拉致殺害されたジャーナリストの事件で知られるようになった憲法の条文がある。
日本国憲法22条文
何人も、公共の福祉に反しない限り、居住、移転及び職業選択の自由を有する。
何人も、外国に移住し、又は国籍を離脱する自由を侵されない。
憲法改正は未だに成されていない。国民がまだ納得していないこともあるが、なにも9条だけの問題ではないことも知っておかなければならない。
閑話休題。
廃村を通り過ぎて、車両の燃料が無くなった。どうせもうすぐ街道を外れるので、時間の問題だったのだが。道から押し出して、林の奥に隠した。少なくなった物資を、それぞれで分散して持った。持ちきれないものは放棄したが、車両の中に防水布を被せて誰かが使えるように残した。誰が使うのかは知らないけれど・・・。
老人たちが固まって話している。どうやらあの廃村を使えるようにしようとか聞こえてきた。当然自衛隊の隊員にもそれとなく聞こえているはずだ。憲法云々ではないが、俺個人としても彼らを引き止める言葉など持ち合わせていない。自己責任で自由なんだから。女性は3人いるが、決断はしかねているようだ。不自由な生活に我慢できなさそうだ。
街道から外れてしばらくすると、濃い緑に覆われた密林が見えてくる。密林は特に危険が多い。途中で野営など出来そうも無い。一気に走破するのがベストである。全員俺がここに来たときよりも、体力など比べようも無く頑健になっているはず。一昼夜あれば走破できると思われた。
ここまでの野営などで、多少疲れが蓄積されているかもしれない。特に日本人にとって無くてはならない風呂がないことに、ストレスも溜まっているだろう。丸一日を休養に当てた。
隊員の持っている小銃にはほとんど弾が残っていない。着剣しての近接戦闘になるだろう。相手は手ごわいのはワニだ。他は単体で対処し易いだろう。猫ちゃんの指示に従っていれば、方向も数も分りやすい。
「おっちゃん、みんな変に感化されちゃってないの?」
「どうなんだろう・・・。此方の世界の不便さに慣れちゃったのかな」
「だけど此方の世界の一部分しか経験してないんだよ。おっちゃんや自衛隊の人たちが守ってくれてるから安全なだけなの忘れちゃってないかな」
「元の世界に戻ったら此方のことなんか良い思い出くらいになるんじゃないかな」
「そうだといいけどね」
「それよりも猫ちゃんが全体の半分以上は守ってるって自覚しろよな」
「えーーーわたしそんなことないよぉ。まぁ自衛隊の人はそれほどでもないけど、おっちゃんとサビアで持ってるようなものよ」
「おいおいそれはないぞ」
「あはは・・そういえばさ、あの隊商にいた護衛すごかったよね」
「あいつら強いのか?」
「あのグナスって人はたぶん強いよ。わたしじゃ力負けしそうだわ」
「そんなにか」
猫ちゃんは笑って頷いているが、どこまで本当なのかわからなかった。まぁ再会できるかもわからないから、答えはでないだろうけど・・・。