25.隊商
荷台に寝かされた怪我人は、酷い有様だった。ひとりは頭に穴が開いているようだが、これで良く生きてられるもんだ。
「この人からですね。頭を何かが貫通してるようです」
「脳やられちゃってるんじゃね?こんなの治るのか?!」
ノーム君も必死に通訳してくれる。
「いや田中殿が治せないなら無理ですが・・・」
「あ、そうか・・・やってみるか」
自分が治療するという意識が希薄だった。うーん、傷自体は治るんだよなぁ、脳の損傷はどうなるかしらんけど・・・たぶん障害が残るんじゃないかなぁ・・・などとぶつぶつ言いながら光の触手を伸ばしていく。離れて見ている護衛たちには、サビアが魔法を使って治しているように見せかけている。実際サビアの魔法も併用しているのだ。この光が見えていなければだが。しかし、こんなの治しちゃったら大事にならんか?奇跡に近いよな。俺神様扱いされたら嫌だな。あーサビアが治してるんだからいいのか。サビアを教組にして儲けらんねぇかな。こちらの世界なら医療行為しても犯罪にならないだろうし。まぁ本当に治せるんだから問題にならないような気はするけど、頭の固い役人が前例に従ってやることだからどうなるかな。役人が此方の世界に来るわけないか。それよりも、向こうの世界でこの力が出せるのかどうかだ。猫ちゃんは明らかに力を失ったようだし。でも翻訳技能みたいのは使えてたよな。よくわからんので考えるのを止めた。
「あれ?」
「どうしました?」
「なんかさ、光が脳にこびり付いちゃってさ。なんでだろ」
ノーム君は流石に、血が吹き出す頭の中を直視できなくて、明後日の方向を見ている。脳に光が纏わりつくようになったまま、血が引いて頭蓋骨が塞がり、皮膚も塞がってしまった。俺が見る限りこの怪我人の頭は薄っすらと光ったままだ。脳まで修復しているからなんだろうか。残りの人も深手ではあるけど治すのは難しくなかった。弾丸が貫通したような怪我ばかりだ。それにしても生命力が強いなと思った。一時間ほどで全員の治療が終わった。まぁ治ったけども血は失ったままなので、安静にして血になるものを食べれば大丈夫だろう。(本来はビタミンCも摂らなければいけない。これはコラーゲンとの密接な関係があって、無理やりコラーゲンを作り出して傷を再生しているからだ。コラーゲンを作るのにビタミンCは不可欠なのだ。この時点では知らない知識だったのだが、もしかしたらビタミンも作り出してる可能性があったりする。魔法おそるべし、てゆーか良くわからんすぎる。もうひとつの可能性もある。ヒトは進化の過程でビタミンCを体内で作り出せないが、この世界では作れるのかもしれない。)
サビアは護衛たちから絶賛されていた。そんな中グナスと治療の報酬交渉とかで、キャビン付きの車へと誘われていた。アノ中に商人が居るんだろう。子供と思われて侮られなきゃいいけどな。しかしトカゲが曳いてるから馬車じゃないし、呼び方が面倒だな。
「なぁこの馬車みたいなのって名前あるの?」
「こちらでは竜車って呼んでますね」
「あーなるほどぉ、そういえば竜だよな。俺から見たら恐竜ってことだな。大人しい草食でも恐竜って言ってたからな。人間から見れば大人しくても怖いからな。逆にトカゲなのにドラゴンなんてのも居たな」
「肉食もいますよ。凶暴なので竜車には使えませんけれど」
「なぁ本当のドラゴンなんてのも居るわけか?」
「僕は見たことがありませんが、噂で聞いたことがあるくらいです」
「まぁ異世界だし居ても違和感はないよなぁ。あーそうだこれってこいつ等に売れるかな?聞いてみてくれないか」
袋から幾つかの魔核を取り出して渡す。取り出してみて違和感があるのに気づいた。なんかカラフルになってた。大きさはたぶん変わってないが、黄色の筋が入ってたり、緑色の筋だったりした。そもそも真っ黒だったはずだ。それを口にはしなかった。うーん俺って大人になったか?老人なんだけどな。ノーム君は魔核を持って走っていった。
俺という人間は、学歴もなく運動が出来るやつでもなく、平均より下な奴だった。幸い結婚も出来て子供も巣立っていき、持ち家も建てたが、歳を重ねるごとにジリ貧となって、妻に先立たれてからは、やる気も失い、定年とともに家に引き篭もるようになった。手付かずの親の遺産も少しずつ目減りしていき、周りの環境が激変して、治安は悪くなり物価は上がった。年金などというものは微塵もなかった。十数年(数十年かもしれない)前から少子化は止まらず安易に移民をどうのこうのと言い出したときにはすでに遅く、難民などを受け入れた国が次々に崩壊していくなか、ズレた政府の考えは留まることを知らなかった。近海で事変が起こる、停戦するを繰り返していると、起こるぞ起こるぞと言われ続けた大規模な地震で疲弊を続ける。そんな地震が頻発しているころから、亜人を見かけるようになった。まぁ生きているのは見たこと無かったが・・・。新聞、雑誌、コミックといった紙媒体のものは姿を消していたというか、庶民には届かなかっただけで、無くなってしまった訳ではなかった。どんなに災害が起きようが、経済が悪化しようが、少子化だろうが、国が無くなることはない。無くなるとすれば戦争で消滅することくらいだろう。
そこで妄想から現実に引き戻された。
「田中さん!」
何度も呼ばれていたようだった。
「あ、あぁすまんすまん。考え事してた」
「これ一個につき銅貨3枚だそうです」
「そんな安いのか!って銅貨3枚ってどのくらいなんだ?」
「黒いパン2個買えるくらいですね。スープ付けて銅貨5枚ってとこです」
「安すぎだろ・・・まいったな。売る気なくなったわ。しかも色関係なしかよ」
「いろ?色ってなんです?」
「あぁいやなんでもない」
どうやら色付きの模様のことは、俺にしか見えてないらしい。光といいこんなんばっかだな。でも光があんなにすごいことになったんだし、この色にもなんかありそうなんだよなぁ。
俺とノーム君はもう用無しなので先に帰ることにした。護衛の装備なんかをじっくりと観察しながら。亜人と人間が半々といったところか、竜車一台に二人付いている。其の他に竜に乗ったのが5人(グナス含む)騎馬ってことなんだろうな。常に周りを周回している。凡そ護衛は30人くらいだろう。御者も含めれば結構な人数の集団だな。毎日の食事や給料なんかもすごいんだろうな。
皆と合流して経緯なんかを伝えていると、隊商が徐に動き出した。それと共にサビアも戻ってきた。護衛のグナスに手を振っている。彼は体格も良くて堂々としているのが印象的だった。