21.転移難民3
「これが治癒魔法なのか・・・すごいな」
細胞を活性化させて分裂を加速させている。血管を支えるコラーゲンを作り出して、更に連鎖反応を呼び起こし傷を修復していく。最初の切欠を作り出してやれば、修復の速度は上がっていく。サビアは治癒のメカニズムなどは知らないのに、傷の細胞を活性化させることで、怪我人の組織が勝手に連鎖反応を起こして、治癒していくのである。魔法でこういうことなら、俺のはなんだろう?自分以外にも効果があるのだろうか。試してみよう。
結果は効果があるである。違いはさっぱりわからない。針鼠効果(ヒトツメを串刺しにした効果)と同様に光を患部に伸ばしていく。効果が発現してからというもの、光を動かせるようになっていた。まだ自由自在とはいかないのだが。少しずつ治癒していく。特に治れとか念じているわけではない。ただ光で包み込むようにしているだけだ。この光が見えているのは、俺と猫ちゃんだけだ。傍から見ていても俺が何かをしているとは気づかれることもない。手を患部に当ててさえいないのだ。同じ光なのに、破壊と治癒が同じなのだ。それならば魔力素の濃い場所にいれば、多少の時間を掛ければ怪我は治るということか?
俺はほとんどの怪我を治癒させながら、サビアに囁いた。
『俺がほとんど治しておくから、サビアが治しているように演技だけしといて』
サビアは目を瞠ったけれど、静かに頷いてくれた。俺の力はなるべくなら秘密にしておきたい。これから元の世界へ戻らなければならないんだから、いろいろな意味で目立ちたくない。あとでちゃんと説明しとこう。
「おいあれ見てみろよ。傷が治っていく。早回しの動画観てるみたいだ」
「魔法なのか?しんじられねぇ」
「まじかぁ」
「あの娘が・・本当か?こんなの・・・」
「これって魔法少女・・・」
自衛官たちが後ろでざわめいているのが、聞こえてくる。サビアの見た目はどう見ても、少女である。そして西洋人の子供並みに、掘りも深くて透き通った蒼い目もパッチリかわいいのだ。だけど130歳超えてるぞ。73歳の俺から見てもおばばだぞ。怒らせると火炎弾が飛んでくるんだぞ。
治療が終わったのは深夜を回っていた。明日は村人の怪我人も看てやらねばと、宛がわれた外のテントで猫ちゃんとサビアの3人で寝た。なんか全員に睨まれているような気がした。
翌朝、指揮官は回復した相沢陸曹に代わっていた。俺たちにとって、誰が指揮官だろうがあまり関係ない。怪我を治してくれたサビアに礼・・・なかった。異世界と魔法と魔物、自分の怪我でパニックだったのかもしれない。もしかして状況を信じていないとか、整合性が取れなくなっているんだろうか・・・。他の治った怪我人からは、サビアちゃんサビアちゃんと持て囃されているようだ。かわいいと得だね。てゆーか、自衛官軽すぎだろ。猫ちゃんは我関せずといった感じだ。猫ちゃんもかわいいけどね。
移動するに際して、食料は残りの米などと、途中で狩りをすることで賄えるが、野営するときの燃料(薪とかね)と水は調達しなければならない。なにしろ人数が多いんだ。其の都度拾い集めるのは大変だが、水はどうしようもない車があるうちは積載できるのでいいんだが、俺たちが来たときは水場を都合よく発見できていた。たぶん精霊の加護だと思ってる。あと高機動車の燃料はどうしようもない。無くなったらそこで放棄するしかない。幸い怪我人は完治しているので、歩いて移動することは問題ない。老人(俺を除く)も畑仕事できるくらいに頑健なので、しっかりと休息を取れれば問題はなさそうだ。そのへんは自衛隊に任せて大丈夫だろう。集団生活のプロなんだし。俺なんか普通の老人である。
俺たちは集落の様子を見に行った。最初ぞろぞろと金魚の糞みたいに付いてきていたが、前野陸曹にどなられて散らばったようだ。この土地で先祖代々暮らしているので、魔物の襲撃には慣れているみたいで、死人や怪我人が出るのはそれほど深刻なことでもなさそうだった。それにしても皆痩せている。栄養が足りていないんだろうか?無駄な贅肉などは当然無いのが当たり前ではあるが、もう飢餓に近い雰囲気なのが気になる。
サビアが怪我人を看て回る。当然俺も傍にひっついている。
「田中殿、この人たちは腹の中にカエルがいますね」
「え、カエル?」
なんでカエルなんだと・・・いや、回虫みたいな奴じゃないのか?うーん、昔はそんな迷信を信じていたのかもしれない。悪霊とかじゃなくてカエルで良かった。たぶん回虫の類だと思うよ。なんか懐かしい響きだ。昭和の中頃までは、寄生虫など当たり前のことで、しょっちゅう虫下しを飲まされた記憶がある。肛門がむず痒くて四つん這いになって見てもらうと、もぞもぞと虫が肛門から出てくるのを、引っ張り出してもらってた黒歴史。更に寄生虫ダイエットなるものまであった。体内に虫がいるとアトピーにならないとかいう説もあった。
「そうか・・・いるのか・・・サビアもちゃんと手洗うようにしてね」
「なんですか!それは」
「おっちゃん手を洗うのとカエルがどう関係してるの?」
「カエルじゃないけどね、いろんなとこに虫の卵や幼虫がいて手に付くんだよ、それを知らずに食べてるから腹の中で孵るんだよ。そいつらが栄養を奪って体内で繁殖するんだよ。それで人間は痩せ細っていくってことさ」
「げっ!カエルこえー」
「いやカエルじゃないって」
うーん、カエルって虫という認識なんだろうか・・・。まぁ住血吸虫とかだとどうしようもないけどな。でもそういうのも居るよな。異世界だからもっと凶悪なのいそうだわ。ちゃんと手洗おうかな。だけど皮膚食い破って侵入してくる虫なんか防げないか・・・。虫こわすぎやん。そう考えると下手にこちらの肉なんかを日本に持ち込むのもやばいのかもしれん。いやもう亜人に持ち込まれちゃってる可能性が大きいな。さすがに政府も検疫できてないやろ。俺日本に帰らないほうがいいかもしれんな。
白い防護服に身を包んだやつらに尋問されていた。
男「名前は?」
俺「たなかじろうです」
男「住所と年齢」
俺「○○市○○町5-15。73歳」
男「嘘をつけ!73歳には見えんぞ。成りすましだな?」
俺「いえ本当なんです」
男「つれていけっ!研究所送りだ」
俺「えーーーっ!そんなぁ」
その夜、夢を見てうなされていた・・・。