20.転移難民2
食料、弾薬、医薬品などまったく足りていなかった。村も貧しく、備蓄した食糧など皆無だった。収穫後領主の税として殆どが持っていかれるので、残りを食いつないでいくしかないらしい。土地が痩せていて、それほど収穫も出来ないのも大きな理由だった。近隣の村といっても、50kmは離れているらしいが、どこも似たようなものらしい。
幸い倉庫会社に少しだけ米とペットフードが保管してあったのが救いだった。しかし隊員と避難民が飢えずにいられるほどあるわけではない。村人は除外して、一ヶ月程度だ。で、倉庫にはその他何が保管されているのか・・・いや、もう雑貨とか、雑貨とか、雑貨だった。
「というわけで、この二週間の間に魔物の襲撃(通過とも言う)が5回ありまして、落ち着く暇もなかったのです」
と、前野一等陸曹は締めくくった上で、俺たちに協力要請だとさ。まぁだいたい分るけどさ。あちら(日本)では、生活できないのでこちらに来ていることなど説明した。食うだけならなんとかなっていることも。そんな異世界生活を一ヶ月以上も続けているわけだ。なにかしら此方に期待感を持っているらしいのは分る。
「できれば我々は日本に帰りたいと思っています。しかし総勢24名もの大所帯なので、繋がっている場所を探しながら彷徨うわけにもいきません。斥候を出そうかとも思いましたが、近距離ならともかく遠距離だと可能性は低いでしょう。村人でそういった情報がないか聞いてみましたが、穴が開いたらしいという噂はあったらしいですけど、方角も場所もまったくわからないのです。この土地の領主と接触するのは、かなり危険が伴うという話も聞きました。戦って全滅するか、降伏しても奴隷になるのがおちだと言われましたよ」
「そうなのか?」
俺はサビアの耳元に近づいて聞いてみた。
「まぁそうでしょうね。伯爵の良い噂は聞きませんね。軍隊も持ってるし」
「やはりそうですか・・・。此方は弾薬も残り少ないので戦う選択肢はありません。というか、勝手に地域紛争引き起こしたら首が飛びますよ」
そうか、やっぱり銃があってもそんなに有利にはならないのかな。弾薬が少ないなら仕方ない。
「それで出来るだけ安全に日本に帰れるのは、あなたたちに頼るしかないと考えました」
「はぁ・・具体的にどうすればいいんですかね」
「あなたたちが通ってきた穴まで連れてっていただければと思います」
「あ、ちょ・・それは・・・まずいか・・な」
穴の出口がばれると、俺個人が特定されかねないし、封鎖されて二度と此方へ来られなくなりそうだ。俺は猫ちゃんの耳に口を寄せて、小声で聞いてみた。
「あの穴の出口って他にもあるんかな?」
「骨のところにいっぱい開いてる穴の幾つかは、地上に繋がってるわね」
「そっかありがと」
俺と猫ちゃんがひそひそやってるうちに、おばさんが握り飯を持ってきてくれた。
「腹いっぱいというわけにはいきませんが、召し上がってください」
外はもうすでに真っ暗で、夕食の時間もとうに過ぎていた。サビアがおにぎりと俺を交互に見ている。俺は遠慮なくひとつを手に取り、口にほお張る。うーん久しぶりの白米だ。それを見たサビアと猫ちゃんも、そうやって食べるんだと確認できたのか、それぞれが手を伸ばして口に入れた。ちなみに手は洗わない。
「これ塩の味がしますね」
「おっちゃん、これおいしいよ」
塩の味しかしない(何も入ってない)と勘違いしたらしい。
「申し訳ないです。具が何もなくて」
「あー気にしなくていいですよ。こいつら初おにぎりですから、こういうもんだと思ってます」
「それでさっきの話の続きなんですが・・・」
おっと答えを待ってたらしい。死活問題だからな。
「はい。了解しました。案内はしますよ」
どうせ俺たちも一度家に戻らなければならないわけで、案内する代わりに荷物持ちしてもらおう。食料確保していかないと、家に戻っても飢え死にする。
「日数はどのくらい掛かるのでしょう?」
「俺と猫ちゃんで二週間てとこですね。人数が多いからもう少し掛かりますかね」
「ふむ、老人もいますので、時間が掛かりますよね」
「俺も結構な老人ですけどね」
「え・・40代にしか見えませんよ。失礼ですがおいくつなんですか?」
「またまたそんなおべんちゃら・・えっと73ですが・・・」
自衛官の二人は顔を見合わせて、引き攣っていた。だってほんとなんだもん。サビアが私も・・と言いかけたが、手で制した。言ったところで信じるやつはいないぜ。
「そういえば、さっきの話だと怪我人がいるんですよね?」
「えぇ軽い者も含めて数人います」
どうやら、軽い怪我で侮っていたのが、治るどころか悪化しているようだった。恐らく黴菌のせいだろう。除菌除菌と潔癖すぎる現代人の弱さだろう。もうこの世界で生活していたら、近くに井戸か川でもなければ手なんか洗えないからね。魔法で水を出せる現地の人なら別だけど。サビアは洗わなきゃダメでしょ。それと精霊の加護がないこともあるかもしれない。何しろ悪いものも分解して食べるらしいからね。
「歩けますか?」
「怪我の状態が思わしくない者が、3人ほどいます。でも高機動車で運べますからなんとかなるんじゃないでしょうか」
「あ、そうか車がありましたね。街道大丈夫かな・・」
「4駆ですから多少の荒地くらいなら走れるはずです」
「怪我人を見せてもらえますか?」
「?」
「胡散臭いかもしれませんが、治せるかもしれません」
この日本人たちは、この世界がファンタジーであることを、まだ知らないでいる。魔物がいたとはいえ、只の野獣と認識しているし魔法はまだ見ていないはずだ。精霊や妖精も見ていないだろう。もしかしたらこの村も精霊から見放されている可能性もある。魔物の屍骸をどう処理したんだろうか・・・。
怪我人は隣の部屋に寝かされていた。トラック運転手用の仮眠室らしい。脛に巻かれた包帯を取り除くと、腐った匂いがしてきた。傷口は膿が出て、酷い状態である。本人の意識は混濁しているようで、時折痛みに顔が引き攣るが、目は閉じたままだ。サビアが手を傷口に翳すと、血の塊や組織が煮えたぎるように沸々と蠢き出した。
「これが治癒魔法なのか・・・すごいな」