19.転移難民
チェックできる時間が足りなかったので、おかしなところがあるかもしれません。
住民の通報で現場に到着したときには、混乱は治まっていた。現場は山間の耕作地で、住宅はほとんどない。地面には大きな穴が開いていて、そこから魔物が出てきて山へと拡散していったらしい。
穴はすでに警察が手配したテトラポット(海にあるやつとは形が違う)で、塞ぐ作業をしているところだ。穴は崩しても再生するので、こうやって塞ぐしかないらしい。近くの住民は公民館に避難している。
夕方に地震で揺れたが、穴には影響はなかった。我々は住民の警護と行方不明者の捜索にあたっていた。
公民館に避難しているのは、農作業をしていた老人4人と、近くの住民5人だ。それと倉庫会社の従業員が3人とトラックの運転手が一人は、会社の建物に避難している。軽量コンクリートの建物なので、公民館より頑丈だ。
我々の分隊は、前野一曹以下11名(内通訳1名)で、公民館と倉庫の警備を担当して、翌朝から半数で山狩りを予定していた。穴から出てきた魔物は、数日こちらの世界にいると弱体化するので、あまり焦る必要はない。弱体化の理由は、こちらの世界に魔力がほとんど無く、放出し続ける魔力を補えない魔物は、次第に弱っていくらしい。それが原因で死んでしまうわけではないので、一応数を減らす努力はしなければならない。
要するに野犬と等しい感じだと思う。分隊付きの通訳は、亜人である。最近は魔物との接触や、亜人との接触が増えているため日本語を覚えた亜人を配属させている。人として看做されていないため、差別は酷いが勤勉なので受け入れているらしい。
公民館は、集会所である。造りも一般の住宅と大差ない。ここと倉庫のある会社に分かれているのは非効率極まりないため、倉庫会社と交渉してあちらに移動することになった。9人を2台の高機動車に分乗して、我々は徒歩で車の周りを囲みながら移動した。穴を塞ぐ作業もそろそろ終わるころだ。
倉庫会社の駐車場の空いている場所にテントを設営した。明日の山狩りのための中継地で、ここに無線の設備や使わないかもしれない救護所など置かなければならない。医者はいないんだが・・・。
そしてその夜、余震いやこれが本震だろう。結構な揺れがあった、というか、揺れ方が異常だった。まるで大地が深淵に落ちて行く様な感じがした。直後に異様な叫びが挙がった。
倉庫会社の敷地は、周りをぐるっと金網で囲われていた。その黒い流れのようなものは金網にぶつかると、避けるようにして両側に回りこんだ。敷地を囲うように黒い魔物の群れが蠢いて倉庫の裏側の斜面を登り始めた。
隊員たちは、魔物が敷地に入ってきたら発砲するように、配置に付いていたが、誰かがぼそっと喋った。
「あんなところに斜面あったか?」
「事務所の電気が消えてるな・・・地震のせいか?くそっ!暗くてよく見えねぇ」
「おいっ私語は慎め!松本!暗視装置使えよ」
月も星も雲に隠れているらしい。いっそう暗闇が支配していた。個人用暗視装置はヘルメットに装着できるが、バランスが悪いため殆どの隊員が、銃に装着している。ヘルメットにバラストを付けてバランスを取ることも可能だが、首が凝るというか肩が凝る。銃に付ければ銃が重いんだけど・・・。この分隊では半々ってところだ。
「侵入してきた奴だけ撃てよ」
この数を殲滅できるほどの携行弾数はない。今のところ魔物たちは、無理に侵入しては来ないようで、斜面に向かって移動している。斜面の上に何があるというのか。魔物の叫び声に混ざるように、パラパラシュトトという音が聞こえてくる。
何故か魔物はこの場所を避けているように感じる。フェンスを避けているというより、転移してきた場所自体を嫌がっているようだ。会社の敷地の前の道路も避けているからだ。後続から押されて仕方なく侵入してくる魔物は容赦なく撃った。そして魔物が向かって行く方向を車のライトで照らす。
「あれを!」
斜面の上に人がいた。それぞれが弓で応戦している。狙う必要もなく次から次へと矢を番えている。
「上に人がいる。援護するぞ」
駐車場からだと、倉庫が邪魔で全体を見通すことが困難だった。倉庫の裏側がどんな状態なのかは、暗いせいでまったく分っていなかったので、道路側に出て斜面に近づくのが一番良い選択のように見えた。分隊を半分に分けて5人で道路に出た。残りは駐車場内で、魔物の侵入に備えることになった。
道路に出る班は、相沢一等陸曹(元々分隊指揮官)に率いられ高機動車で外に出た。ワラワラと斜面を登る魔物がライトに照らされるが、こちらに向かって来ることはない。ひたすら斜面の上を目指している。ロールバーに取り付けられた軽機関銃の掃射を皮切りに、銃撃が斜面に伸びていった。斜面の上に人がいるので、あまり銃口をあげられない。少しずつ斜面を登っていくしかなかった。魔物は割りと簡単に倒れていた。そして屍を積み上げていった。
すでに後方からは魔物の姿がなくなっていた。前方の魔物も、ほとんどが骸となって横たわっていた。斜面の上に到達すると、勢い余って石壁に激突してしまい、ラジエターから水蒸気が噴出した。低い石の壁が築かれていて、跨ぐにも飛び越えるにも微妙な高さになっていた。石壁の中は集落で、魔物が何対か侵入して村人らしき人が粗末な槍で戦っていた。魔物の殆どは石壁を迂回して移動していた。どうやら下の倉庫と同じように、この集落も魔物達の通り道だったようだ。ただし集落のほうは、結構な数の魔物が侵入しており、怪我人も出ているようだった。さすがにもう銃は使えないので、近接戦闘に切り替え着剣しての戦闘になった。
薄っすらと明るくなる頃には、ほとんどの魔物が駆除されて、怪我人の救護も行われていた。隊員にも若干怪我人が出て、班長も腕と腿を噛まれたりしていた。ここまでの怪我は想定を越えていたため、応急処置もままならなかった。何しろ医療班はあとから呼び寄せることになっていたからだ。
陽が高くなって落ち着いてきた頃、村の代表と思われる人がやってきたが、言葉が通じなかった。通訳のドワーフも半分くらいしか内容を把握できなかったが、大雑把には理解しあえたようだ。