17.ひかり3
「ひぃっ・・・なんですかこれわ」
サビア・シュテッピンは目の前の光景に、鼓動が止まるほどの衝撃を覚えた。ヒトツメの身体に大きな穴が開き、まるで塑像のように立ち尽くして時が止まったように動かない。田中の周りには、棍棒を振り上げたままの姿勢で、何事が起きたのか理解できないまま事切れていたり、次の姿勢に移ろうとしたままで、片足が宙に浮いたままの個体もいる。どう見てもそのまま倒れていかなければ説明できないような光景だった。十数体ものヒトツメが不自然に同じように動きを止めていた。
無理やり手を引っ張られて、おっちゃんから遠ざけようとするサビア。この小さな身体のどこにそんな力があるのか、疑いたい気持ちと裏腹に、なぜおっちゃんから引き離そうとするのかという怒りとが、ぶつかりあった瞬間に、サビアの小さな悲鳴に振り返ると、眩い光に魔物たちが貫かれている瞬間が見えた。実際には瞬間の出来事だったはずだが、バニアスワイには永遠のような時間に感じられた。光はおっちゃんの回りに居た十数のヒトツメを刺し貫くと、瞬きする間に縮むように消えた。刺し貫かれたヒトツメの全てが地に倒れこむと、更に近づいてきたヒトツメを貫く。光は点滅をするように魔物を屠っていった。
「おっちゃん!すげぇぇぇぇぇ」
俺の身体全体から光が溢れ出てきた。今までのように暗くなってから分る明るさではない。昼間でも判別できるような明るさである。細胞の隙間からゾワゾワと這い出して来ている様な気がしていた。光が身体から出ると、螺旋を描くように収束していきながら伸びていく。魔物に向かって行くそれは凄まじい速さではあるのが自覚出来ていた。それなのに自身ではその動きがスローモーション映像を観ている様に感じられた。先に行動を起こしていた魔物の持つ棍棒は、未だに振り下ろされる寸前から動いたようには見えない。収束した光は魔物に向かっていき、それを貫いて伸びるのを止めた。それが近くにいる魔物全てに起こった。伸びるのを止めた光は、急速に縮んでいくと魔物は支えを失ったように、その場に屑折れていった。
身体から光が薄れていくにしたがって、周囲をいまだ囲んでいる魔物たちが、一斉に動き出すように見える。実際止まっているわけじゃないのが確認できたということなのか・・・。自分に影響を及ぼしそうな距離に近づいてくると、再び速度が遅くなり発光が広がっていく。そして収束しだして同じ結果を齎すのだった。そういったことを繰り返していると、俺自身もその光の制御される方法が、少しずつ頭の中に浸透してくるような感覚で、今まで無意識であったものを、己で動かせるように理解していった。それを実際に説明することは語彙の足りなさと、表現のしようがないものなどで断念せざるを得ない。
会得といえば良いのか、収束した光を伸縮する事と貫ける程度に固めることが出来るようになったとき、周りには魔物が居なくなっていた。
「おもしろぉ。めっちゃ不思議だよー」
俺は二人が離れていてくれたことに、安堵するとともに放心状態にあることを踏まえて、声を掛けたのだが、口を開けたままの二人の顔は強張ったままだった。こういうこと、つまり光の収束で魔物を倒すということを前提として、離れるように(逃げるように)言ったわけではなく、偶々そうなって良かったと思った。逃げてくれてなかったら、二人も同じように串刺しになっていただろうと思うと、冷や汗どころの騒ぎではなかったと思うのだ。サビアの躊躇ない判断に感謝するばかりだった。
なんだこれ、トラックに轢かれて転生してきたみたいな、優遇措置じゃないか・・・。正しくチートだよねこれ。まだ死んでないんだけどね。死に掛けた老人ではあるけど、神様こんなの勿体無くないですかね?使いこなせずに終わってしまったらごめんなさいだな。
「猫ちゃん、いいかげん正気に戻ってよ」
そう言いながらお尻を撫でる。いやそこは、あたまナデナデでしょ。
「あわわ、おっちゃんドサクサになんてことするのよ。サビアが見て・・・あぁまだ惚けてるのか。てかなんなのあれ!かっこよすぎるでしょ、おっちゃんだけずるいよ」
満更でもなさそうに笑顔で突っかかってくる。肩を小突かれると、足に力が入らないことに気づいたが、すでに遅く俺はその場に転がってしまった。足の骨が折れていたんだった・・・。痛くないので忘れていた。
「あっ!おっちゃん。ごめん」
心配そうな顔で、足を看てくれたがすでに傷口は塞がって腫れてもいなかった。ただその患部らしき場所が光っていた。どうやら光の槍以外にも治癒の効果もあるらしい。サビアの火炎弾を受けても治っていたのも頷ける。
たぶんおそらく、猫ちゃんもいずれ会得するんじゃないかと思ってる。同じように光として見えてるんだし。んーでもこれって魔法?なんか違うような気がするんだよね。そんな事を考えていると、突然吐き気に襲われて気を失った。あぁこれってあれだよ魔力が枯渇するやつ。
一定のリズムで揺れていた。薄っすらと目を開けてみると、毛深い首筋らしき肌が見えた。猫ちゃんの背中に背負われているらしい。まだ明るいので、気を失ってからそれほど時間がたっていなさそうだった。このまままどろんでいることにしよう。なんか気持ちよい。女の子ってこういうときお喋りが弾むんじゃないのかな。まったく会話が聞こえてこない。サビアいるよな・・・。猫ちゃんと反りが合わないのかもしれない。サビアは猫ちゃんの横で、必死に歩いている。うん、歩幅が合わないから仕方ない。そんな様子を見ていると、サビアと目が合ってしまった。
「あっ!気づきましたか?」
「おっちゃん!」
「どこだ?ここ」
「村の近くだよ」
「この先に見えてきたのが村ですよ。田中殿」
猫ちゃんの肩越しに首を伸ばして前方を見ると、人口建造物らしきものがいくつかある。想像していた建物とは違っていた。サビアの家がわりとまともな家だったせいもある。この村の建物は、建築物ではなく建造物だった。石を積んだだけで、一応屋根はあるものの木材で崩れないように補強して、板か萱を乗せただけの簡素極まりない入れ物だった。まだ離れているので詳細はわからないが、人が居る様子が見えない。村の周りは背の低い石積みの塀で囲われていたので、一応入り口というか門というかの開口部へと向かって歩くことになった。
ところどころ石垣が崩れている。折れた矢がそこかしこに散乱していたり、どす黒い液体がこびり付いて居たりした。