16.ひかり2
人里に近づいているせいなのか、平坦な土地は実は放棄された耕作地の跡のようだった。そして魔物に出くわすことが減っていた。逆に安全になったため小動物が増えて、食料には困らなくなって助かっている。魔物の肉は当たり外れがありすぎて、外れを引いたらそれは、食事抜きと同義であった。魔物が居ることで小動物は逃げ散るので、魔物しか獲物が無くなる。
ところが、目の前には不味いので知られた(当社比)黒赤斑蜘蛛が、行く手を阻んでいた。今までにも何度か遭遇して倒しているので、問題はないのだが、なんだかすでに隣で呪文を唱えている少女がいた。まぁ黒こげになってもいいので、ここは任せることにした。
数秒後思ったとおりに真っ黒になった塊が、足を丸めて引っ繰り返っていた。などと安心していたら、猫ちゃんが警戒を促してきた。
「こっちに来てる!多数!!」
「サビア魔力は大丈夫?」
年上ではあるが、もう呼び捨てである。
「問題ないよ」
サビアもあまり気にしてないようだった。向かって来ていたのはヒトツメだった。多い、群れだ。なんで不味いのばっかり来るんだろう。猫ちゃんと俺が前衛で、少し下がったところにサビアが、静かに瞑想している。飛び出してきた一匹を、猫ちゃんが苦もなく爪で引き裂く。
一番近い茂みは、20mほど離れていて、その向こうに雑木が疎らに生えているので、サビアの魔法は届かないはず。火事にでもなったら村に影響を及ぼしかねない。
火じゃなきゃ問題ないんだろうが、殺傷能力があるのは火魔法だけらしい。というか、連射するには同じ魔法のほうが効率が良いとは思うし、水が武器になるという発想がそもそもないのかもしれない。水瓶を修復していた土魔法は、術者の身体の質量に比例するみたいで、それを固めて移動はできても飛びはしないし、土は固めても土なのだ。錬金術ではない。自分の頭くらいの土の塊を移動しても単純に、6頭身として6個しか作れない。(あってる?)しかも飛ばないんだから意味がない。
続けて5匹が横並びになって襲い掛かってくる。更に後方に何匹かが見えているので、手早く倒さなければまずい。俺のスコップがバイィィィンと響き渡って、3匹の首を捻り身体ごと回転させて倒せば、猫ちゃんは両手で爪を立てると、血煙が棚引く。次々と倒していくが、偶にすり抜けていく個体がある。すかさずサビアの火炎が炸裂する。さすがに地面に屍骸が積みあがり、足の踏み場がなくなってくる。
「どんだけくんだー!足場が悪い少し下がろう」
3人で、100匹くらいは倒したと思う。サビアの魔力が切れた。俺も肩で息をしている状態で、猫ちゃんも倒すより避ける割合のほうが多くなってきている。サビアを後ろに守りながら、少しずつ後退してゆく。完全に劣勢である。一個体は弱くても数の力は恐ろしい。
ヒトツメは少しだけ知恵があるようで、道具を使うことがある。こういう場合は棍棒とかを振り回してくる。技術はなくても一般の人間より力とスタミナはあるので、我武者羅に振り回される棍棒は、軌道は解りやすくても次第に避けるスピードが遅くなってくる。足捌きが悪いと、疲れも半端ない。身体を捻ったり、横に半歩移動したりを繰り返して体力を奪われると、躱しきれずにスコップで受けることになる。それが度重なり柄に損傷が出来ると、折れることに成りかねない。受け流すような技術など俺にあるわけがない。顔の前でガシッと棍棒を受け止めると、足元を掬うように棍棒が振られる。体力があるときは、飛んで避ければ済んだのに、そんな体力がなかった。片足はなんとか避けられたが、もう片足に棍棒は直撃した。なんか嫌な音がして、俺は後ろに引っ繰り返った。棍棒はそのまま顔の前で力押ししているヒトツメの両足にも直撃して止まった。
「おっちゃん!」「田中どのっ!」
倒されて無防備を晒した。足の骨も折れているか、ヒビ位は入っていると思われる。多少の血は出ているが、傷そのものは酷くは見えない。俺の人生終わったか・・・二人の叫び声が低音で響いている。ヒトツメが俺の周りに殺到してくる。酷くスローだ。なんか無駄に強張っていた体から力が抜けていく。このまま人生が終わったとしても、それほどの悔いはない。どうせ食えなくなった老人はひっそりと、朽ちかけた一軒家で孤独死していたはずなんだ。猫ちゃんと一緒に暮らせた数ヶ月が、濃厚に楽しかった。更に異世界も楽しませてもらえた。なんか冒険できちゃって嬉しかったな。
「サビアァァァァァッ!猫ちゃんを連れて逃げてぇぇぇぇぇぇたのむぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅ!」
ヒトツメが俺の頭に振り被るように、棍棒を構えて何か雄叫びを上げながら振り下ろす。横に転がって躱そうとするが、間に合わずに肩を掠める。それが最後の俺が出せる力だったに違いない。サビアが猫ちゃんの手を引っ張っている。猫ちゃんは抗うように叫び続けるが、もはや俺の耳には重低音の意味のない音にしか聞こえない。猫ちゃんの目から一滴の涙が、ゆっくりとタマゴの白身のようにドロッと流れ落ちるように見えた。老眼とはいえ、こんなにはっきりと見えるわけはない。いや、喩えが酷すぎるかな、なにがタマゴの白身だよ。もっと綺麗な表現はないのかよ。
肩の辺りが光っている。たぶん骨も砕けているだろう。光は肩から身体全体に広がっていく。
再びヒトツメの振り下ろした棍棒が、ゆっくりと俺に近づいてきている。
眩しそうにヒトツメが目を閉じた。
棍棒は止まらない。
力を入れていた腹筋を開放すると、二人を確認するために上げていた頭が、地面に落ちる。