15.ひかり
薪拾いと狩りを繰り返しながら、肉多目の食事にも満足しつつも、若干野菜の不足に不満もあったが、魔力の鍛錬と称する訓練モドキも忘れずに10日ほどが経過していた。鍛錬といっても、なんの知識もないし、サビアも細かいことは教えてくれないので、なんとなく座禅モドキで下腹に意識を集中みたいな感じである。下腹っていうのは、ここに丹田というものがあると昔から言われているのだが、ほんとうかどうかは解らない。そういえば魔物の魔核も下腹にあるので、関係があるのかもしれない。小説などでは、心臓の位置にあったりしたものだが、ここではそうではないらしい。まぁ一向に魔力なるものは見えないのだが、そもそも異世界人の俺には見えないものなのかもしれないとも思えてきた。そして、猫ちゃんも悩んでいるわけだ。亜人には魔法は使えないものという固定観念が、崩壊してしまったのだ。
「なんで私は魔法使えないの?てゆーか、亜人で魔法を使ってるのを見たことがないわよ」
『この世界の人であるなら、火を灯すくらいの魔法は使えます。この田舎に追いやられる前に居た屋敷では、亜人の使用人もいましたが、皆それくらいは出来ていましたよ』
さらに、『水も雫程度なら出せるのが当たり前』という、サビアの言葉に愕然としていた。
魔法で火が出せると、火を熾すという行為が簡単になり、火打石を見つけたとしても、その価値を見出せない。マッチなどというものやライターなど生まれてくることもない。歴史の道筋が少しずつ違ってくるわけだ。もしかしたら世界の発展が恐ろしく停滞してしまうんじゃないだろうか。
猫ちゃんが、亜人は魔法が使えないと認識してしまうということは、周り(地域)ごと魔法の無いところが存在しているということだ。この異世界の何処かの国なのかもしれない。なんらかの理由で魔法を禁止しているとか、宗教的に忌み嫌われているとか・・・。鎖国でもしていれば、国民はそんなことを知りもしない。まぁ俺ごときが考えることでもないな。
猫ちゃんが、魔法が使えないのを苦に落ち込んだままなのは良くないので、猫ちゃんの気を紛らわせようと、村まで行って見ようということになった。なにかお金儲けのヒントでも、あるかもしれないという思いもあった。まぁ食が充実さえしてれば、向こうに帰る必要はないんだけどね。廃村の建物を修繕して、家もなんとかなるし。特にこちらの世界の問題点も無いような気もする。お金なんて無くてもサビアは何十年も暮らしているわけだしね。ここの領主が税を払えって来ない限り問題はないよね。
一番近い村までは、歩いて2日の距離だそうだ。サビアが道案内してくれるので、迷うことはないだろう。迷わないよね・・・迷わないはずだけど・・・え・・・迷ってる?
「大丈夫ですよ。こちらで間違いないですから」
そんなことを言いながら目が泳いでいるのは何故だ。
道が有る訳ではないので、迷いやすいんだが、まさか地元でしょ?サビアが住んでいるところは、俺たちが歩いてきた街道みたいなところから、若干ずれている。そもそもこんな道もない所を、村目指して歩くのも如何なものかとは思っていた。サビア曰く、街道は遠回りなのだそうだ。
そうこうするうちに、空の色が色づいて来ている。夜になるまえに薪と食料をなんとかしないとね。俺と猫ちゃんは手分けして狩りを始める。サビアは野菜と薪担当だ。
この世界に来てから俺の体力は格段に上がっている。過酷な旅にも音を上げることなくやってきた。猫ちゃんのおかげもあるんだけど、たかが一ヶ月程度でこれは異常である。それは体力だけの話ではない。戦闘能力など普通の人間では有り得ないほどの、総合的な力を身に付けているのだ。別に訓練とかしているわけじゃない。武器にしているスコップ(地域に拠って呼び名がシャベルであったりするし、形状が一致していない場合がある)の扱いなど、免許皆伝だと自負していいほどだ。まぁスコップ技を教えている人なんかいないんだけど、他に比べる人も魔物もいないので、いまのところ俺が一番ということにしておく。最初の頃闘ったワニ男(女かもしれないが)のときは、ぎこちなかったが、今闘えば軽くあしらえるはずだ。こちらの世界では誰もが力が強くなるとは思っている。こちらのネイティブな人々はどうなのかわからんが。
軽く一羽の鶏モドキを獲って、血抜きしておく。帰りがけに薪を拾いながら歩く。植生はまったく違うので手を出さない。暗くなってきたので骸骨をスコップの柄に引っ掛けて進む。なんか段々明るいエリアが広がってきている。そもそも俺の身体が・・・あれ?光ってるよね?って誰にともなく問いかける。危ないおじさんだ。いやおじいさんか。
「△#%”!」
サビアが俺に驚いて悲鳴をあげる。でも意味のわからない単語だった。猫ちゃんがいないと非常に不便である。
サビアは頭を抱えて蹲りしばらく固まってしまった。その間に猫ちゃんも帰ってきた。手にはキツネのようなのをぶら下げている。言葉の壁はめんどくさいな。此方の方が驚いたわ。
「サビアどうしたの?」
その質問にはスルーして俺の持つ骸骨を指差して言った。
「なによぉ、そんな骸骨を前に押し出して、のそっと現れたら吃驚するじゃないですか」
「いやすまん。暗くなってきたんでね」
「へ!?田中さんの世界では、暗くなると骸骨を押し出して歩くんですか?」
「あ?いや、あれ?灯りのつもりなんだけど・・・」
「あかり?」
「うん。照明」
俺はスコップの柄でブラブラしている骸骨を指差す。
「うん今夜も輝いてるね」
猫ちゃんは特段灯りがなくても暗い場所でも見える目を持っているので、灯りを必要としないが、明かりがあればそれもまた問題はないのだ。そんな猫ちゃんを、サビアはゆっくりと、不思議なものを見るような目つきで見上げた。ふらつく様に立ち上がると、指を目の高さまで上げると「ポッ」と灯りの魔法を灯した。
「これも輝いていますか?」
「う、うん明るいよ」
「ですよねぇ。私も明るいと感じています。だけど、だけど、だけど、その骸骨は光ってさえいません。まったく明るくなんてないんです。私の目がどうかなってしまったのでしょうか?二人して私を揶揄っているのですか!」
「「 ! 」」
「そもそも気色の悪い骸骨が、鞄から出てきたときから意味不明だったんです。いくら魔力があるからといって、それを感じられもしない貴方が、いかにも大事そうに持っているなんて・・・いったい何のために持っていたのですか?普通そんなものを拾ったりしませんよね?」
俺と猫ちゃんは固まってしまった。なんでこうなった・・・。俺と猫ちゃんの目がおかしいのか、サビアがおかしいのか、判断しようがなかった。
「なにも言い返せないようですね。やはり私を揶揄っていたんですね。いくら気が動転して貴方たちを攻撃したとはいえ、ここまでするなんて・・・」
サビアは語尾が消え入るように小さくなり、俯いて黙ってしまった。
「そんなつもりじゃなかったんだ・・・すまない」
真実はわからないままだが、とりあえず謝ることでその場を治めた。そのあと獲物を捌いて調理して、焚き火で炙っただけの味気なさだが、どよんと夕食を済ませた。ちなみに風呂などこの異世界には無いし、ましてや野宿は定番である。雨の対策は、大木の根本か洞でもあればそこで寝る程度だ。寒くなければ、シャワーの代わりでもある。冬はどうするのか、まだ経験していないのでわからない。なのでだからつまり、俺たちは臭いかもしれない。こちらで暮らすなら、これを解決しなければならないだろう。そもそもあちらの世界でもライフライン停められて、風呂なんてめったに入ってなかったけどね。
なんか眠れないまま光る骸骨を凝視し続けているうちに、いつのまにか眠ってしまったようだ。