14.まほう
倒れた家具やら割れた食器などの片付けで、まる一日を費やした。骨太な柱で頑丈な建物は壊れずに残った。恐らくは精霊の加護とかもあるのかもしれない。魔法少女、いやサビアもショック状態で、動きが鈍かったが徐々に立ち直ってきたようだった。猫ちゃんも魂の抜け殻のように、脱力していたが、半年間の日本暮らしの中で、バスに乗ったり電車に乗ったりして、揺れの耐性は少しだけあったらしく、割と早く立ち直っていた(まぁ別物なんだが)。地震についても、話だけは何度もしていたのが幸いしたのかもしれない。
まぁそんなこともあって、落ち着いて話が出来たのは、さらに一日置いてからだった。なにしろ水瓶は割れて補充しなければならなくなり、突然の客(俺たちね)による食料の調達などもあった。俺と猫ちゃんは早朝から狩りに出かけ、サビアは野菜(たぶん自生している草。近い村は歩いて二日の距離がある)などの採集と薪の調達に精を出した。幸い井戸の水は問題なく使えた。地震のあとには水が濁ったり水が無くなったりすることもある。そもそも井戸の水質がどうなのかは知らないが・・・。そして不思議なことに割れた水瓶も元通りに直っていた。どうやらサビアの魔法で修復したようだが、錬金術みたいなものなのかな。
一日の収穫は、飛べない鳥みたいなやつ(鶉でも鶏でもないらしい。鶏よりでかい)5羽と、キツネみたいなやつ(フェネックに似ている)で額に角が生えているのが3匹。あと二足歩行の魔物(目がひとつなのでヒトツメと呼んでいる)も2匹、ただこいつは以前食べてまずかったので、魔核だけ取って埋めてきた。猫ちゃんに依れば、魔核は買い取ってくれる商人がいるらしい。この先出会うかどうかはわからんけど。魔物すべてから取れるわけでもなく、いままでに20個ほど手に入れた。日本に持ち帰ってもゴミでしかない。こちらの世界でお金に交換して、日本で売れそうなものを買うのが当初の目的でもある。でも一月弱かけてやっとここまでだと思うと、先が思いやられる。妖精や魔物以外で、出会ったのがサビア・シュテッピンたったひとりなのも、残念すぎる世界である。こんな辺鄙なところで、見た目子供のような女の一人暮らしってどうなの?
「改めて御礼を言いたい。地揺れの際の・・・そのなんというか、あまりに久しかったので狼狽してしまった。ありがとう」
「あぁまぁ気にしなくていいよ。当たり前のことをしただけだ。久しいってことは、以前にも地震があったってことか?」
「え、地震あったの?」
猫ちゃんは記憶にないようだ。
「うむ、80年ほど前だったかな・・・ん、まぁそのくらいだったはず」
俺と猫ちゃんは絶句していた。マジで何歳なんだ?たしかエルフとかって長寿らしいんだが、エルフみたいな耳してないよな。
「80年って・・・今いくつなの?」
俺の疑問を猫ちゃんが質問してくれた。たすかる。
「130くらいだったような・・・んーはっきり数えていないからわからない」
いやいやいや、それ身長じゃないよね。
「私の歳などはどうでもよいです。それよりも田中殿の魔力です」
「あ、あぁそれ聞きたかった」
「どうやらあの骨が魔力を放出していて、それを田中殿が吸収しているようです。なぜ吸収しているのかは、はっきりしません。それと骨が魔力を放出しているのも、さっぱりわかりません。気色悪い話です」
「結局なにもわからないってことね」
「でさ、俺にも魔法使えるの?」
「魔力があれば少なくとも使える前提にはなります。ただ田中殿ご自身が、魔力を感じておられないようなので、まずはそこからということになります。それと私の魔法が効かなかったこと」
「むぅあれが魔法で、防御したのなら嬉しいんだがね。でも呪文とか唱えてないし、たぶん魔法ではない気がする。いずれにしても修行とかしなきゃだめってことかな」
「少なくとも10年ほどは・・・」
「えーーっそんなに掛かるの?俺それまで生きてられるかなぁ」
「大人になってしまうと、雑念が多くなってなかなか難しいものがあるのですよ。しかし田中殿ほどの強大な魔力をそのままにしておくのは、もったいないです。できれば魔力の放出拡散を、抑えるだけでも有意義かと思います」
俺の魔力は1km先まで届いているらしい。サビアが慌てて俺の存在を確認に来たことでも分る様に、強力な魔力の存在は、普通に暮らしている人にとっては脅威になる。なぜならそれは恐ろしい魔物か、竜のような存在で、危害を及ぼす可能性があるからだ。俺の魔力が、他の魔物を引き寄せることにもなるらしい。
そんなわけで、魔法をどうとかする以前に、魔力を感じられるような修行だけはすることになった。まぁようするに集中力を養えってことらしい。坊さんになれってか。俺にしてみれば、座禅でも組むことくらいしか思いつかなかった(滝に打たれるってのもあるか)。だけど目に見えないものを、見えるようにするって、空気から酸素と窒素を見分けるみたいなことなんだろうか・・・。空気を読めってことなら少しはできるんだがな。ほんの少しだけどね。
話はこの国『グルリア』のことになり、馬車で一月ほどの距離に王都があり、王様がいるらしい。ここら辺は、リーフ・レイクスラー辺境伯という貴族が治めているらしい。辺境伯ってくらいだから、田舎である。どれくらい田舎なのかというと、二週間ほど歩いてきて出会ったのがサビア・シュテッピンひとりだけなくらい田舎である。そもそも集落が近くにあるのか疑わしい。廃村はいくつかあったわけだが。なにゆえこんな田舎で独りで暮らしているのか・・・
サビア・シュテッピンは、王都にある男爵家の三女として生まれたが、体が小さく病気がちで、都会の空気が身体に合わないという取って付けたような理屈で、田舎での静養に追いやられて、ここで暮らすようになった。ところがそれが不思議なことに、何故か空気が身体に合ってしまったらしく、順調に健康になると、若くして魔法を習得したのを切欠に、その力は王国でも屈指となっていた。この地に一緒に付いて来た侍女やらはすでに他界しており、追い出された実家からも、久しく音信は無くなっており、今更戻るわけにもいかずにいるというわけだ。音信が途絶えたのも、まだ生きているなどと誰も思わなかったというのが真実だった。(説明がスカスカですが)
「いや、わかる気がする・・・130歳って・・・」
「でも死んでるかもしれないって、確認くらいには来るでしょ?普通。身内なら」
「私は邪魔者でしたから、そんな面倒なことはしなくて当たり前だと思います」
「名前を聞いたときにもしやと思っていたけど、やっぱり貴族だったんだね」
「もう貴族ではありませんけどね」
「でもさ、魔法使いとしては屈指という話なのに、なんでここで燻ってるの?」
「えーと、えーと・・・すいません。私の妄想です・・・」
なんか解る気がする。何十年もボッチで生きてきて、手の届くところに比較できるものがなくて、魔法の使い方や強さなんかが、判るわけもない。それでも生きることへの執着心が無くなるわけでもなく、虚勢でも張らないと心が折れてしまうんだろう。俺も生への執着心が無くなり掛けていたけど、彼女に比べたら恵まれていたのかな。何しろ村(集落)に住んでいないということは、税とか年貢とか納めてないってことで、この世界では人として看られていないということらしい。どこかの村の一員として暮らそうにも、彼女にできることが殆どない。身体が小さく非力で、農作業も水汲みも力仕事は兎に角出来ないので、役に立てない。唯一の取り得である魔法で狩りをしても、威力が強すぎて真っ黒焦げにしてしまう。無理やり自分で食べるしか仕方が無いのである。そんなことを考えると、とても村人にしてくれとは言えなかったらしい。
「威力の制御ってできなかったの?」
「その頃はね・・・今はある程度制御はできるようになりましたよ。でも今更村人になろうとは思いませんよ」
で、俺たちの目的のことを話すと、まぁお金を稼ぐ方法はわかりませんと、そのライターとかいう代物は、売れないでしょうということだ。なぜなら、この世界の人なら多少指先に火を灯すことくらいはできるそうで、出来ない人がいるならお目に掛かりたいとまで言われた。
俺とサビアは猫ちゃんをそっと流し目で見たのだった。軽く余震が建物を揺らした。