13.言葉と地震
二人が落ち着くのを待って、夕食のテーブルに付いた。食卓には、燭台に三本の蝋燭が輝いているが、あまり必要はない。骨のおかげで充分明るいからだ。今は骨の入ったリュックを下ろしているが、それでも明るい。
この世界での食事としては、特別のものではなくてお客様に対して失礼かもしれませんが、という前置きでテーブルに並べられた料理は、豆のスープと良く判らない肉、そして黒っぽいパンだった。元の世界にいたときよりマシだと、肉が食えるなら文句もないと、思ってしまったのは内緒だ。すでに倒した魔物の肉は食べているし、毒じゃなきゃいいよねって感じでもある。
そして食べながら会話するのが、良いのか悪いのかマナーなど意に介せず質問をした。
「俺の魔力ってのが、そんなにすごいのか?」
「もちろんですわ」
「見えてるんか?もごもご・・・」
「おっちゃん、行儀悪すぎよ」
「あ、ごめん。腹減ってるし、疑問はあるし・・・つい」
「いまこの部屋は魔力で満たされてますよ。あなたが放出している魔力でね」
「うーん、自分では何も見えてないけど、どんな感じなんやろ」
「そうですねぇ、霧が漂ってるような、でも透明で陽炎みたいな感じですかね。ただ見えているというのは正しくないです。感じていると言ったほうが適切かもしれません」
俺は右手で空中をかき回すような仕草をしてみた。
「そういうことで動いたりするものではありません」
「ふーむ、放出してるってことは、俺の魔力は減りつつあるってことなのかな」
「減るというより寧ろ増えてるんですけど、今日、初めて魔力を感じたときより分散してるような気がしてはいます。それでも通常より遥かに多いと思いますね」
「ぶんさん?」
「えぇそうなんです。あちらの部屋からもっと大きな、魔力の放出が感じられます」
「さっき待ってた部屋か?あちらには俺たちの荷物があるだけだよな」
全員でそちらを見つめたが、荷物以外にはなにもなさそうだった。
「宜しければ荷物を見せていただいてもよろしいですか?」
「あぁ構わないよ。大したものは入ってないから」
食事の喜びも忘れて、急いで食べてしまうと、隣の部屋へ荷物を確認のために移動する。そのときも、猫ちゃんはあまり会話には加わってこなかったので、まだ体調が悪いのかもしれなかった。なんとなく元気がない。
「わたしお花摘みに行ってきますね。シュテッピンさん、お花畑はどこにありますか?」
「サビアと呼んでください。そこのドアの向こうに廊下がありますので、右へ行った突き当りです」
「猫ちゃんお上品な言葉知ってんだな」
ドアがパタンと閉まって、パタパタ廊下を走っていく音が聞こえた。少女は燭台を手に取り、隣の部屋へ向かう。
「さて、○△B%TX○■×・・・」
「え、なんて?」
「pk&x○△X#C・・・」
「あれ?どうなってんだ。急に言葉がわからなくなった」
そもそも異世界に来て、日本語でなんの違和感もなく通じていたのが、不思議だったのだが、異世界人である猫ちゃんとは、最初から今の今まで日本語で滞りなく通じていたのだ。猫ちゃんが俺から離れたら突然こうなったなら、原因は猫ちゃんにあるのだろうか?というか、こちらの世界に来るときに、当然言葉が通じなかったらどうしよう・・・なんて日本人に在りがちなことは考えていたわけで、そんなときは猫ちゃんが通訳してくれるんだと、勝手に思い込んでいたわけで・・・そんなアホなことを考えていると、猫ちゃんが戻ってきた。
「あれ、どうしたの?」
「言葉が通じなくなったんだ」
「あ、え?なに?これ通じるようになってるみたいです」
猫ちゃんは、きょとんと俺たちを交互に見ていた。
「わたし・・・なにもしてないんだけど・・・」
どうやら猫ちゃんが何もしてなくても、猫ちゃんが翻訳してお互いの言葉を通じるように、調整してるみたいな感じなんだろうと、思った。猫ちゃん特殊能力者だぞ。というわけで、検証実験をしてみたが、間違いなく猫ちゃんが居るときと居ないときで、言葉が通じたり通じなかったりした。距離にして10mくらい離れるとダメみたいだ。
「わぁ!わたしにそんな能力があったなんて、すごーい」
なんかさすが異世界だと、改めて思った。
「こ、これはなんですか?」
俺の荷物を調べていた少女が聞いてきた。
「「骨」」
俺と猫ちゃんが同時に答えた。
「えぇ骨なのは見れば判るのですが、これが魔力を放出しているのです」
そのとき、ゆったりと横に揺れるのがわかった。
「や、これは!また地震だぞ!!」
最初はゆっくりと横に、まるで海に浮かんでいるように揺れていた。あぁなんかこれ前に経験したことのある揺れだなと思った。さすがに日本でもこんな振れ幅のある地震は珍しい。あの3.11と同じだった。結構長く揺れたあとガツンと縦にきた。テーブルに置いてあった燭台が倒れる。
猫ちゃんだけじゃなく、そこにいる全員がテーブルにしがみついて、揺れる地面に気を取られていた。かなり大きな揺れだ。地震慣れしている日本人の俺でさえ、顔が青ざめているに違いない。キッチンの方からは、ガチャン!パリン!ガシャンといった音が聞こえてくるし、この部屋の家具がスローモーションのように倒れて中身をぶちまけている。魔法少女は、腰が抜けたのか、その場にへたり込んで呆けていた。
「テーブルの下に入れ!」
俺は猫ちゃんの手を取って引っ張り、テーブルの下へ強引に押し込めた。そして少女の手を取ろうとすると、彼女は嫌々と頭を横に振って床に這い蹲った。仕方なく無理やり床を転がして、テーブルの下へと移動させた。骨をしっかりと抱えたまま。
テーブルは厚みがあって頑丈だったが、揺れで倒れそうになったのを必死で掴んでいた。家具が折り重なるように倒れたあとは、木材が擦れ合う気持ちの悪い音がした。家が壊れるんじゃないかと思ったが、それは無かった。地震が治まっても、魔法少女はガタガタと震えている。猫ちゃんは俺の腰に巻きついている。
「海からどのくらい離れてる?」
肩を掴んで揺らしながら叫ぶように聞いた。
「え?う み?」
「そう海だ。塩辛い大きなみずたまりだ」
「あ、あぁ知ってるよ、海ね。ここは内陸だから海は遠い」
さすがに丁寧な口調ではなかった。海が遠いのなら津波の心配はなさそうだ。そのまま夜を過ごすことにした。時々余震で小さく揺れたので、両腕に抱え込むようにして二人を宥めた。なんか役得。