12.パニアスワイ
俺が大した怪我でもなかったことと、治り始めていたことを強調して、猫ちゃんを宥めなんとか怒りを治めてくれた。今、この見た目が少女にしか見えない『サビア・シュテッピン』なる魔法使いに案内されて、彼女の住居へと足を進めている。お詫びに食事と宿泊を提供してくれるという、願っても無い申し出に顔が綻んだところだ。俺って甘いんだよな。
何日ぶりなんだろう・・・。ずっと野宿の繰り返しで、屋根の下で眠れるのなら何物にも変え難い。当初の目的でもある、装飾品でも交換できて元の世界へ戻れるのなら、更に幸運でもある。
無言で歩くのもなんなので、色々と質問を繰り返した。この地域のことや、途中で見た廃村のことなどだ。
「ここはガングリオン大陸にある、グルリアという国ですよ」
「ほえ?がんぐりおん?なんか聞き覚えがあるようなないような・・・」
「ご存知でしたか、なんでも『こぶ』という意味があるとか。まぁ瘤のように盛り上がった土地ということなんでしょうね」
「おっちゃん、なんで知ってんのよ」
「あ、いやいや、知らないよ。ただ同じような言葉を知っているだけだぞ。意味も似てるけどな」
「そうなんだ。うーん私は大陸や国の名前聞いても、記憶にないんだけどなぁ。村の外に出たのも今回が初めてのことだしね。他所の人に会う事も滅多になかったし」
魔法少女は怪訝な顔で俺たちの会話を聞いている。うーん異世界から来たなんて言っても、信じてくれそうもないよなぁ。世界に裂け目が出来て魔物が移動しているという、事実をどこまで知っているのかにもよる。知っているのなら、向こう側から来たことを伝えることも、特に問題はなさそうに思える。まぁ俺程度の頭で考えて判断するのもおこがましいわな。
「猫さんは、なんという国のご出身なのですか?」
「あはは、ごめん。私の名前は『パニアスワイ』と言います。よろしく。孤立した村に住んでいたから、国の名前とか知らないの」
「猫ちゃん、そういう名前だったのか・・・」
「おっちゃんには名乗ってなかったよね。猫ちゃんでいいし、長くて呼びにくいなら『ニア』でもいいよ。実際そう呼ばれてたわ」
「あ、いや、俺も名乗ってねーし。お互い様かな。俺は『田中次郎』だ。改めてよろしくな」
「私の母は、魔法が使えたんです。私を産んでから幼い私を仲間に預けて、遠い国へ旅に出たって聞かされました。育ててくれたのはウサギの亜人なんですよ」
「へぇ、お母さんは魔法使いだったのか、猫ちゃんがそれを受け継いでないのは……あー聞かない方が良いか」
魔法少女は益々眉を顰めている。あんたたちいったいどういう繋がりなのよ、名前も知らないでよくここまで旅して来たわね、とでも言いたげであるが、口にはしなかった。
「廃村のことですけど、あそこはドワーフたちが住んでいたんですよ」
「へぇドワーフねぇ」
車に撥ねられて死んだドワーフらしき人のことが、頭の片隅を過ぎっていった。
「あの周辺で鉄が採れたらしくて、幾つかの集落になっていたんですが、妖精は鉄を嫌いますからねぇ。加護が得られなくなったんでしょうね。いつのまにか離散していったようです」
そんな話を聞くと益々、あちらの世界にいたのはそのドワーフたちではないかと、思ってしまう。猫ちゃんだって紛れ込んできたんだ、彼らだって来られない理由はない。でもあの穴は体型的に通れないだろうから、別の通り道があるってことだな。それもかなり前、数年は前だろう。あの死体の回収に来た男たちの素早さなどは、相当な経験がありそうだし、ニュースにもならないんだから。
「あ、見えてきました。あの家が私の住処です」
林の木々に守られるように、赤い屋根で白い壁のこじんまりした建物が見えてきた。そして見上げれば空は夕闇に包まれようとしていた。家に入って促されるままに椅子に腰を落ち着けると、お茶が出されて、一息ついた。魔法少女は夕食の準備をすると言って、奥へ行ってしまった。
「なぁ猫ちゃんや、えっとーぱにあすわいだっけ?」
「おっちゃん、猫ちゃんでいいよ」
「ワリィな。年取ると記憶力がなくなってくるからな。特に名前は覚えられん」
「で?なによ」
「加護がなくなると、離散するほどのことなのか?」
「うん、無いと生活に困るかな・・・恵が少なくなるし、悪いものも増えるわ」
「作物が実らないってことか?病気にもなるってことか・・・なんか信じられないな。そこまで妖精に依存してるのかな」
「依存してるわけじゃないよ。妖精や精霊だって生き物からの恩恵を、受けてるんだからね」
「あぁ屍骸を分解して養分を摂ってるんだったな」
「うん、妖精たちは自力で生物を殺したりできないからね。むしろ長生きさせようとしてるくらいだもん」
「それとさ、俺に魔力があるらしいってのが、いまいち納得できないんだよな」
「うーん、それについては、私は何も言えないな」
「それにあの火炎弾の威力ってあんなもんなのか?自分で言うのもなんだが、俺って滅茶苦茶ひ弱だったんだぞ」
「うんうん、それは私が一番良く知ってるよ。あの穴抜けるのにひーひー言ってたもんね」
そう言いながら思い出し笑いをする猫ちゃんだった。肉を運ぶのに何往復かしたけど、最後らへんは慣れてきたのか、楽とは言わないまでも弱音は吐かなくなっていた。しかし考えてみれば、ほとんど老人なのに慣れで済むはずもない、疲労は蓄積されて倒れていても不思議ではなかったのだ。猫ちゃんのサポートがあるとはいえ、こんな過酷な旅にも耐えている。なんなの?俺。攻撃してきた行為は許したものの、このまま信用できるのか少し不安ではあった。
少し会話の間が空いた。ふと隣に座っている猫ちゃんを見る。眉根を寄せて、険しい表情をしていた。
「どうした?」
「ううん、たいしたことないよ。なんだか急にすごく不安になったのよ」
「おいおい、無理すんなよ。顔色もなんか少し悪いような気がするぞ」
そこへ魔法少女が、笑顔で戻ってきた。
「さぁ食事の用意が出来ましたよ。こちらへどうぞ」
「ふぃー腹減ったぁ、猫ちゃん立てるか?」
「うん、大丈夫だよ」
そう言って立ち上がろうとすると、
「きゃっダメ、足元がふら付いて・・・」
「!」
それは日本では日常的に経験する地震だった。さいわいひと揺れしただけで収まったのだが、猫ちゃんや魔法少女のような、こちらの世界の住人には衝撃的な事だったらしい。二人とも床に腰を落としてうろたえていた。それにしても、地震を事前に察知したとも取れる、猫ちゃんの不安感に驚いた。亜人とはいえ、やはり獣に近いものがあるんだろうなぁ。身体能力とかも、ただの人間からすれば羨ましい限りである。