11.サビア・シュテッピン
「おっちゃん!」
「うわぁぁぁぁぁぁぁぁぁ」
火炎は当たるなりブワッと大きく広がり、ジュッという嫌な音で消えた。恐らく狙っていたものではなく、外れたものが偶然の俺の動きで、当たってしまったようだ。それも顔面だったので、咄嗟に庇おうとして出た腕に当たっていたのが幸い?だった。もし顔ではなく他の場所だったら、こんなに反射的に腕で庇えなかったに違いない。
「あちちちちち・・・くっそ!」
「おっちゃん、大丈夫?」
猫ちゃんは、俺を庇うように両手を広げて、立ち塞がりながら聞いてきた。その顔は青ざめていた。俺は腕を摩りながら急いで確認すると、手首から肘にかけて赤くなっているのがわかった。急いで水で冷やさないとマズイと思いつつ赤く腫れている腕を見るも、まだ攻撃してくる可能性があるだけに、焦りを押さえ切れなかった。周りを見回して隠れられる場所を探したが、踝程度の高さの草ばかりで身を隠せそうな所は、あの木以外見当たらなかった。俺がパニくっていると、突然猫ちゃんが走り出した。なんかすごい奇声をあげている。
うわー猫が喧嘩してるときの声だぁ・・・こんな猫ちゃんは初めて見たぞ。魔物と戦っているときでも、こんな声は出してなかったはず。すごく怖かった。なんか女の本性を垣間見たような気がした。
「ギャギュルルルゥゥゥゥゥゥゥ」
「火傷したみたいだ。水に浸せば酷くはならないと思うよ」
「でも、痛いでしょ?許さないわヨ。こんなことした奴絶対許さない・・・」
「ちょ、落ち着けって」
本来ならば、こんな会話をしている余裕なんかがあるわけが無い。気づくと次弾が飛んできていなかった。猫ちゃんは木の方に鋭い視線を向けている。どうやらそこに何者かがいるのは分っているようだ。
この火炎弾は、どういうものなんだろう?それほど威力がない、当たっても軽い火傷にしかならない、精々数発の攻撃でしかない、もしくはまだ撃てるが様子を見ているとかか?火薬を使った兵器でもなさそうだ。そうなると魔法なのか?かなり威力を弱めて使っている?そうなら此方を殺そうと狙ってきたわけではなさそうだ。あれ?俺ってこんなに冷静でいいのか?そういえば火炎弾が当たった直後より、痛みは無くなってきていた。いろいろな思考が一気に渦巻き出していた、その一方で猫ちゃんが大声で叫んでいた。
「ちょっと!そこに隠れてないで、出てきなさいよ」
いやーそんなこと言われても、出てくるとは思えないんだよなぁ・・・。出てくる気配がないので、木に近づいて行く。ドシンドシンと地面を揺らしながら・・・いや、実際には揺れてないんだけど。一歩二歩・・・すると、木の陰から小さなシルエットが飛び出してきた。
「ごめんなさいっ!」
その小さなシルエットは、いきなり謝ったのだ。可愛らしい女の子の声で。そのときの猫ちゃんは、あの猫とネズミが喧嘩するアニメの、猫のトムが肩を怒らせて下唇を突き出したような顔で、固まったように動きを止めた。こちらからはその顔は見えてなかったけど・・・。
「ごめんなさい、本当にごめんなさい。怖かったんです」
少女は地面に跪いて、額を土に押し付けながら、一気に捲くし立てた。
要約するとこんな感じだ。
早朝まだ寝ていると、胸騒ぎがして目覚めた。感知(たぶん魔法のようだ)を最大にしてみると、廃村になった村の方向から、異常に高い魔力の塊が、こちらに向かってきているので、急いで行ってみると猫の亜人と、人間の男が歩いてくるので、木の陰に隠れていたが、あまりの魔力の大きさに怖さが押さえきれなくなって、火炎弾を全力で撃ってしまった。ということらしい。
「え?ま、魔力って?もしかして俺のこと?」
「きゃはは・・おっちゃんに魔力なんてあったの?」
「いやー俺じゃなくて、そっちの猫ちゃんのことだろ?」
俺は猫ちゃんを指差して、そう聞き返したが、少女は顔を上げて横にかぶりを振った。そして俺を指差した。
「「うっそぉ」」
「嘘じゃないです。それが証拠に私の放った火炎弾が、当たっても倒せてないのですから、あなたは相当な使い手の魔法使いに違いありません」
「えーーーっマジっすか?でも魔法なんて使えないんだけどね・・・」
「この辺りの魔物なら一発で火達磨ですよ。それが軽い火傷程度とは・・・しかももう治りかけてますよね?」
「えっ、あっ、まぁ、確かに治りかけてますけどね・・猫ちゃん・・どうなってんの?」
「わ、わたしに聞かれても・・・私はただの猫ですから」
「うーん、今までも怪我がすぐ治ったりなんてなかったけどなぁ。ホントに全力で撃ったのかなぁ?」
「な、なにを馬鹿な。この地域で一番の魔法使いである『サビア・シュテッピン』を無能呼ばわりとは」
「だってさぁ、まだ子供でしょ?それに魔物って言ってもザコだったりしてね」
少女は眉間に皺を寄せて、なにかブツブツと、口の中で喋り出した。そして固く握られた拳が、赤く光り出したとき、「バコン」という音とともに少女の体は吹き飛んだ。その場には右腕を振りぬいたままの猫ちゃんの後姿があった。まさに少女が魔法を発動する瞬間でもあったが、それを危機一髪で防いだのだ。まぁ発動したとしても、結果はすでに効果なしと決まっていたんだけどね。どうやら魔法少女の沸点はかなり低いようだ。
「あんたさぁ!おっちゃんに怪我させといて、謝ったのにまた怪我させる気なの?あんたのショボイ魔法じゃ、おっちゃんには効かないってさっき証明されたでしょ」
「くっ・・・わ、わたしはこどもではない」
「えーーまだそんなこと言うのぉ?どう見たって子供にしか見えないんだけどぉ?」
なんか相手を煽る猫ちゃんが、すごく珍しく感じてしまった。猫ちゃんが俺を思う気持ちってのが、半端ないんだとヒシヒシと伝わってもきた。なにわともあれ、暫く静観だ。猫ちゃんの怒気が治まるまで。
『サビア・シュテッピン』って名前なんだ、そういえば猫ちゃんの名前聞いてなかったな。今更聞くのもなんだなぁ・・・そもそも俺も名乗ってないから『おっちゃん』で通ってしまってるしなぁ。まぁなんかの切欠で名乗る場面もあるだろうし、そんときに猫ちゃんにも名乗らせよう。なんてね。