8、成り行きで巻き込まれました。
シャロン視点です。
翌日。シャロンはユリアーネにベルナールの療養室に連れて行かれた。どうやら、ここで昨日の説明がなされるらしい。
「まず、シャロン。私はあなたに謝らなければならないわ。あなたが悪魔に取りつかれていることを知りながら、昨日まで放置した。ごめんなさい」
ユリアーネに頭を下げられて、シャロンは動揺した。
「え、いえ……何となくわかってたからいいです。と言うか、文字列が消えてないんですけど」
シャロンも、文字列が現れたのは悪魔のせいかと思って、今朝方鏡を見てみたのだが、やはり顔の文字は消えていなかった。
「ああ。それはその文字列があなたに深く浸透しているからよ。それはもはやあなたの一部と言っていいわ」
「え!? じゃあ、消えないんですか?」
「んー。その聖性文字はあなたの中に入り込んだ悪魔を再封じするための封じの文言だったのよ」
突然、ユリアーネが解説を始めた。そのあたりはシャロンも気になってはいたので、黙って耳を傾ける。
「その悪魔はもともと、あなたが抜いたという剣に封じられていたのよ。おそらく、200年から150年くらい前の事よ。たぶん、だれにも倒せず、仕方なく古い聖剣に封じたんじゃないかしら」
「あれ、聖剣だったんですか……」
「そうよ。あの剣、あなたのほかには誰も抜けなかったんじゃない?」
ユリアーネの質問に、シャロンはこくりとうなずいた。
「ええ……ですから、私の育ての親である神官は、私にあの剣をくれたんです」
「あなたが使うようになって、剣の封じが緩んできたのね……悪魔と言うのは、基本的に実態を持たないわ。だから、人間に取りつくのよ。封じられていたから、あなたの中に侵入するのは困難だったはずだわ。それに、あなたはあなたで、自分の中で悪魔を封じようと悪魔の影響が濃い右半身に封じの聖性文字が浮かび上がるし――」
「ちょっと待ってください!」
聞き捨てならない言葉が聞こえたような気がして、シャロンはユリアーネの言葉を遮った。
「私が、自分でこの文字を浮かび上がらせたということですか!?」
「そうね。少なくとも、ほかに原因は見つからなかったわ」
「……」
シャロンは座っている椅子の背もたれに背を預け、額を覆った。そこにベルナールの穏やかな声が聞こえてくる。
「あなたの中の力が、あなたを護ろうとしたのですよ」
どういう意味だ。シャロンは首をかしげた。それを見て、相変わらずベッドの上のベルナールは微笑んだ。
「シャロン。君はランサム王家に連なる人間ではないかな?」
シャロンはびくりと体を震わせた。それが答えになってしまっただろう。
「やはりか。何となく、顔立ちがランサムの先王に似ている」
またしてもびくりとした。優しげな甘い顔立ちが似ている、と言われたことがあるのだ。
「……だとしたら、どうなのですか?」
言葉が少々挑発的だったが、ベルナールはやはり優しげに微笑むだけだ。ユリアーネも何も言わずに微笑んでいる。
「各国の王家は、かつての神器使いの血を引いている可能性が高い。ゆえに、神器使いが多く、同時に魔術師も多く排出される。あなたもその1人だということだよ。あなたの中にある力が、あなたを護ろうとして、魔術としての手続きも踏まずに、あなたを護る封じの聖性文字として現れたのです。眼に見える形でね」
「……つまり、この文字が現れたのは、私自身のせいと言うことですか」
シャロンがため息がちに言うと、ユリアーネは「そうでもないわよ」と口をはさんだ。
「おそらく、悪魔をあなたの聖剣に封じたのはかつての聖協会の人間だわ。この城まで持ち帰らずに、放置した聖協会が悪い」
「……はあ」
シャロンは反応の仕方がわからずに小首をかしげるにとどまった。
「と言うわけなんだけど、理解できた?」
「……まあ、何となくは」
シャロンは正直に答えた。ユリアーネは「ならよかったわ」と話しをたたんだ。
「それで、本題なんだけど」
「あ、今の本題じゃなかったんですね」
「そうなのよ」
ユリアーネ様。ちょっとノリが良すぎです。ツッコミを入れたシャロンに相槌をうったユリアーネは微笑んで銀の鞘に収まった剣を取り出した。見事な装飾だが、飾り用の剣なのだろうか。
驚いたことに、ユリアーネはその剣をシャロンの手に載せた。
「ちょっと抜いてみてくれる?」
言われるままにシャロンはその剣の柄をつかみ、鞘から引き抜いた。投信も磨かれていて、光をはじいている。どうやら実用的な剣らしい。ベルナールとユリアーネがしげしげと剣を見つめるシャロンを見て言う。
「ほう。さすがだな、ユリア」
「でしょう。シャロンが神器使いで助かったわ」
……ん?
「……今、なんて言いました?」
「ん? あなたがその剣……つまり、神器に選ばれたという話をしていたの」
「は!? 何故に!?」
本気で驚いて叫ぶと、ユリアーネは不思議そうに首をかしげた。
「神器は聖剣と同じよ。選ばれた人でないと扱えないわ……。その神器、あなたがこの城に来た日からずっと何かに反応していたわ。って、あなたに反応していたのだけどね」
ニコッと笑うユリアーネには他意はなさそうで、シャロンは口をつぐんだ。ユリアーネはこの聖協会本部に生まれ育ったというから、少々常識からずれているのかもしれない。
「まあ、この子は少し世間ずれしているから気にしないことだ。それで、君が神器使いに選ばれたからには、聖協会に所属してもらわなければならないんだよ」
「……はあ」
やはり、ベルナールもユリアーネがずれていると感じているらしい。本人も多少は自覚がるのか、特に口を挟まなかった。
「神器は原則として聖協会が所有する。つまり、その神器の使い手も聖協会に帰属せねばならないということだよ」
「……」
シャロンは思わず顔をしかめた。その言葉は、まるで神器を大切に扱っており、その使い手である人間のことを無視しているようだった。ベルナールが微笑む。
「気を悪くしないでくれるとうれしいよ。人々にとって、神器使いは神器の付属品にすぎないんだ」
「……」
ベルナールも相当ずれている、とシャロンは思った。
「まあ、そう言うわけで、君には聖協会に所属してもらいたいんだけど」
「……ええ、まあ。それは問題ないと思います。養父も異母兄も反対しないでしょう」
成り行きで、シャロンの聖協会所属が決まった。
最後にもう一つ聞いておこう。
「ユリアーネ様。どうして私が神器使いでよかったのですか?」
尋ねると、彼女はニコリと笑った。
「ああ、それはね。悪魔は清浄な気配を嫌う傾向があるの。あなたが神器使いで、その神器を持てば、その気配はより清浄なものになる。悪魔があなたから出ていく公算が高かったのよ」
「……そう言うことですか」
確かに、シャロンはこの神剣を持たされた時に苦しんだ。それは、シャロンを乗っ取ろうとしていた悪魔が拒否反応を起こしていたからなのだろう。まあ、結果的に助かったからいいけど……。あれは苦しかった。
思わず顔をしかめたのがわかったのだろう。ユリアーネが再び「ごめんね」と謝った。
「あなたから出ていった悪魔は、今ミエスが再封じしているわ。まあ、彼の腕は確かだから、もう出てくることはないでしょう。このエーレンフェルス城で保管していれば、そのうち清浄な気にやられて消滅してしまうでしょう」
「そう言うものですか」
「そう言うものです」
ユリアーネがシャロンの言葉を繰り返してうなずいた。シャロンは再び手の中にある神器を見下ろした。
「……この神器、名はあるのですか? 確か、リエラの神器は『スカルモルド』とか……」
「あるわよ」
「その神器は『ブリュンヒルデ』。意味としては、勝利に通じるもの、かな」
シャロンは顔を上げてユリアーネとベルナールの顔を見た。そう言えば、この2人の神器はなんなのだろう? リエラも教えてくれなかったし、神器使いたちは自分の神器を秘匿しているのかもしれない。
「『ブリュンヒルデ』、ですか」
シャロンは繰り返してその名を覚えこんだ。
「あなたは『三十六人の騎士』の1人となるわ。やはり、慣れるまではリエラについていて。あの子、ああ見えてこの聖協会で五指に入る実力者なのよ」
「ああ……いくら悪魔に乗っ取られていたとはいえ、圧倒された時は驚きました」
シャロンは剣術も体術もかなり自信がある。いくら悪魔が意識を乗っ取っていたとはいえ、体格で劣るリエラに抑え込まれるとは思わなかった。
「そう言っているユリアは、現在、この聖協会で最も強いからね。怒らせないようにするんだよ。怒らせたら、ミエスを呼びに行きなさい」
「ちょっと。何言ってるのよ、ベルナール」
からかうように発したベルナールの言葉に、ユリアーネは冷静にツッコミを入れた。そのため、シャロンにはこの言葉が事実かわからなかった。
ここまでお読みいただき、ありがとうございます。
神器には名前があります。そろそろ、登場人物を整理しないと、私の頭がこんがらがる……。