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神が奏でる小夜曲  作者: 雲居瑞香
第2幕 神器使いの事情
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5、リスティラ夫婦

今回もユリアーネ視点です。






 ちょうどシャロンが部屋に戻った、というところでユリアーネは再びベルナールの病室で、ミエス、リエラとともに会議に入った。現在、聖協会本部にいる『三人の聖者イ・アギイ』と『七人の賢者マギ』全員だ。



「リエラ。シャロンの様子はどう?」



 ユリアーネが優しく尋ねると、リエラは「ええっと」とちょっとどもりつつも言った。

「今のところ、特に変なところはないけど……あ、剣は強いです」

「そうなの」

 ユリアーネはそう言って微笑んだ。剣が強い、か。シャロンがこの城を訪れた時に剣は取りあげてあるが、城の中には武器があふれている。リエラをつけておけば間違いはないとは思うが。それに、これ以上人員を割けない。他にも依頼客がいるのだ。

「まあ、時間がかかるだろうから、しばらく様子を見ていてあげて。なんか変だなって思ったら、私かミエスかベルナールにいうのよ」

「うん」

 リエラがこっくりうなずいたところで話を変える。


「リエラ。やっぱり1人で討伐に行くのは怖い?」


 ユリアーネが尋ねると、リエラはびくっとした。きょろきょろとせわしなく視線を動かし、うつむいた。

「大丈夫よ。私もあなたくらいの頃は1人で行くのは不安だったもの」

 ユリアーネはそう言って髪形を崩さないようにリエラの頭をなでた。



 1人で討伐に行く、と言っても、ほかにも戦闘職の魔法騎士や魔術師がついて行く。最低でも5人でチームを組み、討伐に行くものだ。

 しかし、本当の意味で魔物と戦えるのは神器使いだけだ。つまり、神器使いが1人だと、その神器使いにすべての責任が押しかかってくるということだ。リエラには、それが耐えられないのだろう。


「ユリアの言うとおりだぞ。誰しも初めから何でもできるわけじゃないからな。お前はお前のペースで進めればいい」


 ミエスも意外なほど優しい声音で言った。ベルナールはその様子をにこにこ笑って見ている。

 ユリアーネもミエスも、リエラに甘い自覚はある。彼女がこの聖協会に来たとき、彼女はあまりにも頼りなく、小さく見えたのだ。だから、どうしても甘やかしてしまう。一度突き放したほうがいいのかもしれないが、できない。リエラは2人にとって妹のような存在なのだ。

 しかし、神器使いがリエラ1人で討伐にいけないとなると、いろいろと制限が生じてくるのは事実だ。リエラの実力は聖協会でも五指に入る。あとはメンタルがついてくるだけなのだが……。


「……あの。私、やっぱり行っても……」


 リエラがおずおずと言ったが、ユリアーネは首を左右に振った。

「妥協で行っても仕方がないわ。あなたも、ついてきた戦闘員たちも危険になるだけ。あなたが、大丈夫、と思えるようになるまで待ちましょう。大丈夫。きっとそんな日は来るわよ」

 ユリアーネはそう言って微笑んだ。しかし、リエラには覚悟しておいてもらわなければならないと思っている。現在、『三人の聖者イ・アギイ』と『七人の賢者マギ』は合わせて6人いるが、最年少なのはリエラ。その次が九歳年上のユリアーネになる。つまり、リエラより年上の5人が先にすべて亡くなってしまう可能性が高いのだ。そうなったとき、もっとも古くから聖協会に身を置くリエラが今のユリアーネの立場になることは大いに考えられた。



 まあ、それはともかくだ。



「リエラの今の仕事はしっかりとシャロンに張り付いていること。いいわね?」

「う、うん」

 リエラが自信なさげにうなずいた。ユリアーネは微笑むと、彼女を夕食に送り出した。シャロンと一緒に取る約束をしているらしい。すでに仲良くなっているようだ。とはいえ、リエラは自分の役目を理解しているはず。情に流されるほど、リエラも弱くはない。

「大丈夫かな?」

「リエラが? 平気よ。あの子、あれでしっかりしてるもの」

 ユリアーネはベルナールに笑みを向けたが、彼は首を左右に振った。


「リエラじゃない。君がだよ、ユリア。眼の下のクマがミエス並みだよ」

「え、嘘」

「おい」


 ベルナールのどこか悪意の見える言葉に目を見開いたユリアーネは、ミエスに頭をつかまれた。ミエスという男は徹夜が日常的で、よく目の下にクマがある。そのため、人相がかなり悪い。いや、顔立ちは整っているのだが、クマが残念すぎる男なのである。

 夫とはいえ、そんなにクマがすごい男と同列に並べられて、ユリアーネは衝撃を受けた。いや、確かにお肌が残念な感じになってきている自覚はあったけど!


「君まで倒れたら話にならないからね。ミエス、君もだ。2人とも、今日は早めに休みなさい」


 ユリアーネはミエスと顔を見合わせた。年長者の助言は聞くものだ。2人は静かにうなずいた。

「夕食の前に、大聖堂に行ってくるわ」

「私も行こう」

 ミエスもうなずいて、ユリアーネの手を握った。そうされて初めて気が付いたが、ユリアーネの手は震えていた。

「私の分も祈ってきてくれ」

 ベルナールの要望にうなずき、ユリアーネとミエスは肩を並べて病室を出た。さりげなくミエスはユリアーネをエスコートしてくれる。


 大聖堂はエーレンフェルス城のほぼ中心にある。遺体はこの大聖堂に一時保管され、葬儀の後は聖都の外壁部にある墓場に埋葬される。

 大聖堂では神官たちが祈りをささげ続けていた。祭壇の前には白い棺。中には、黒髪の神器使いが覚めない眠りについていた。ユリアーネは棺の中を覗き込み、目を閉じている男の髪をなでた。

 ユリアーネとマルセルは同世代の神器使いだった。ともに魔物と戦い、戦場を駆け抜けた。

 彼を選び、ともに戦場を駆けた神器は、聖殿に保管されている。祈りをささげる場所は大聖堂、神器を保管しておく場所は聖殿と呼んでいる。呼びわけであり、特に意味はない。


 神器は62器しかない。つまり、ともに戦場を駆けた相棒だとしても、ともに埋葬することはできない。

 ユリアーネはマルセルの髪をなでる手を止め、立ち上がった。ミエスがユリアーネの肩を抱いた。ユリアーネは胸の前で手を組む。



「あなたの目の前には、遥かなる自由が広がっていることだろう。せめて、この先は運命に縛られず、己の思うままにいられますように。儚き命に感謝を。本当に、ありがとう」



 ユリアーネは目を閉じて祈るように言った。ユリアーネの肩を抱くミエスの手に力がこもった。



 先ほどまでともにいたはずの人が、隣にいたはずの人が死んでいく。ともに戦った友人も、仲間も、家族も。



 ユリアーネはこの聖協会に生まれて、育った。ここ以外は知らない。ユリアーネにとって、この聖協会は人生のすべてだ。この聖協会は家族も同然だった。

 この聖協会に生まれたということは、両親も聖協会の人間だったということだ。



 ユリアーネの母ヘンリエッテは、ヴァラハ王国の王女であり、ジークフリート王の死後、ただ1人、唯一絶対の王の神器に選ばれた女性だった。

 王の神器『ヴァルキュリヤ』。聖殿に保管されるはずの神器の中で、唯一、そこに保管されていない神剣。彼の神剣は、今もヘンリエッテとともにいる。


 7年前、ヘンリエッテは眠りに落ちたまま眼を覚まさなくなった。死んだのではない。息はしているし、心臓も動いている。なのに眼を覚まさない。

 脳死に近い状態だと思われるが、当時のユリアーネたちには知る由もない。死んでいないのなら生きていると考えられ、ヘンリエッテの体は厳重に魔法で保護され、王の神器とともに棺に入れられ、聖堂の隠し部屋に収められている。

 心のどこかで、ユリアーネは母がもう帰ってこないことをわかっていた。どんなに肉体がそのままでも、そこには母の魂が伴っていない。そう思う。だが、聖協会を作った連中はそう思わないようだ。



 一度王の神器に選ばれたヘンリエッテを、彼らは手放さないだろう。



 そして、ヘンリエッテが死んだとなれば、その代わりを娘のユリアーネに求める可能性があった。



 ベルナールに言われたとおり、ユリアーネとミエスは休むことにした。久しぶりに息子のマティアスと夕食を取り、一緒に眠ろう。と思ったのだが。

「僕、1人で寝られるよ」

 かわいい息子に笑顔でそう言われて、夫婦ともにショックを受けたのは内緒である。これが、あまりかまってやれなかった弊害か……!

 よく考えてみれば、ユリアーネもマティアスくらいのころには1人で寝ていた気がする。もう20年は前の話だが。ユリアーネの両親も聖協会に属していたから、忙しかった。物わかりがいいのは、幼いユリアーネもマティアスも同じだ。両親が忙しいことを理解している。


「貸せ」


 寝る前に髪をとかしていると、背後から声がかかった。どうやらミエスが風呂から上がったらしい。

 当たり前だが、夫婦であるユリアーネとミエスの部屋は同じだ。ミエスにあまりこだわりがないので、部屋はユリアーネ好みにされている。と言っても、ユリアーネもこの聖協会本部からそんなに出たことがないため、全体的に質素に仕上がっている。

 ユリアーネはミエスに櫛を渡すと、彼はユリアーネの背後に立って彼女のシルバーブロンドを梳きはじめた。

「……写本は進んでる?」

「まあな。こっちはジェミヤンがいるから、割と効率はいいな」

「その割にはクマがすごいわよね」

「うるさいぞ」

 ちょっと髪を引っ張られた。ユリアーネはごめんごめん、と笑いながら謝る。

 ミエスの神器は後方支援向きだ。特に、防御面に関しては彼の右に出る者はいないだろう。聖性文字に関する影響力が強く、そのため、防御用の魔導書を書く日々だ。魔導書があれば、いくらか魔導書の力によって魔術が使えるからだ。結界が緩んできているため、国家から所望されることが多い。

 ちなみに、ジェミヤンはミエスと似た神器を持つ『三十六人の騎士カヴァリエーレ』の1人である。現在、ミエスに付き合わされて、写本を制作している。もう少しすれば落ち着くだろうが、しばらくミエスには政務を手伝ってもらうことになるので、1人で頑張ってもらわねばならない。


「……大丈夫だ」

「えっ?」


 唐突な言葉に、ユリアーネは驚いて視線だけ動かした。もちろん、顔を向けられないのでミエスの姿は見えなかったが。

「大丈夫だ。まだ結界は崩壊したわけではない。何とかなる」

 勇気づけようとするその言葉に、ユリアーネは微笑んだ。

「現実主義者のあなたらしくない言葉ね。物事は最悪の場合を想定するものだわ」

「だが、あまり考えすぎてもな。楽観し過ぎてもダメだが、どうしよう、と追い詰められていく方が問題だ」

 ミエスの言葉に、ユリアーネは素直に「そうね」とうなずいた。

「ねぇ。ミエス」

「なんだ?」

 ユリアーネは後ろに手を伸ばして、ミエスの手を取った。自分のものより大きなその手に頬を寄せた。



「大丈夫よね。私は、間違ったことはしていないわよね」



 時々、どうしようもなく不安になる。これでいいのだろうか。自分のしていることは間違っていないだろうか。


 自分の決定に多くの人の命がかかっていると思うと、体が震えた。


 自分が間違えば、多くの人が死ぬかもしれない。家族が、死んでしまうかもしれない。


 とはいえ、ユリアーネは聖協会だけで魔物からすべての人間を護ることは不可能だとわかっていた。人間は弱いのだ。神器使いもまた、人間である。斬られれば怪我をするし、病気もするし、死ぬこともある。


 だからこそ、自分の決定に不安を覚える。今日も、ジーナを派遣することにためらいを覚えたのは事実だ。

 ミエスは不安がるユリアーネの頬を撫でた。そっと後ろから抱きしめてくれる。

「大丈夫だ。お前は間違っていない。最善の判断をしている」

「……うん」

「それで、もし、耐え切れなくなったときは……」

「その時は?」

「私も一緒に考える。私も、お前と同じものを背負おう」

「……ありがと」

 ユリアーネは目を細めた。逃げよう、と言わないのがミエスらしいと思う。まあ、現実問題として逃げ場などないのだが。

 人間の世界は、ジークフリート王の結界によって閉鎖されている。もちろん、結界を解除すれば魔物が人間を襲うだろう。



 だからと言って、このまま閉鎖された空間に暮らすだけでいいのだろうか。ユリアーネは、時々そう思うのだ。







ここまでお読みいただき、ありがとうございます。

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