3、聖協会の実態
まるで葬列だった。聖協会が魔物の討伐を専門にしているのは知っていた。もちろん、それだけが仕事ではないが、魔物を討伐できるのは聖協会に所属する神器使いと、その祝福を受けた魔法剣士、魔術師だけだ。よって、魔物が出ると、聖協会に討伐要請が来るのだ。
そして、聖協会は神器使いを中心として討伐隊を作り、その場所に送り込む。いくら魔物除けの結界が張られていても、迷い込んでくる魔物や攻め込んでくる魔物はいるのだ。そんな魔物たちを、討伐する。
神器使いは絶対数が少ない。神器自体が少ないからだ。すべて合わせても六十二。現在は、その半分ほどしか使用者が見つかっていない。
神器は使用者を選ぶ。多くの人中から半分見つかっているだけでも行幸だ。
いくら神器が強力とはいえ、人ひとりの力には限度がある。神器使いは魔物討伐のために各地を転々とする。そして、……負けることも、ある。
「ユリアーネ様……これを」
戦闘員の1人らしい剣士が差し出したのは長剣だった。おそらく、神器なのだろう。
「マルセルの神器ね……遺体は?」
「聖堂に収容しました」
「そう……ご苦労様。後で会いに行きましょう。それで、魔物は?」
「わかりません。何とか、我等だけで追い払いましたが、討伐までは……。今、交代で駆けつけてくださったキーラ様が後を」
「わかったわ。誰か。ジーナをたたき起こしてきて、私の執務室に連れてきなさい! ……シャロン、悪いわね。話の途中だったけど、失礼するわ。わからないことがあったらリエラに聞いてちょうだい。じゃ」
ユリアーネは微笑んで片手をあげると、速足で歩いて行った。その後に先ほどの剣士や政務官たちが続く。報告書を上げろ、世界地図は! という声が遠ざかって行く。
「……いつもこんな感じなの?」
「あ……いつも、では、ないけど……」
たまにはあるらしい。慣れてくればリエラと会話するのはそう難しくないようだ。
「そう言えば、リエラちゃんは神器使いなの?」
「え……」
やや迷ってから、彼女はこくりとうなずいた。やはり、彼女は神器の使い手のようだ。
「そう……じゃあ、魔物の討伐にもいくんだね」
再びうなずく。シャロンは「そう」とほほ笑んだが、彼女がマルセルという神器使いのように亡くなるようなことにならないことを祈った。
「その……シャロンさんは、この城について、どこまで説明を受けた?」
「客室と食堂と大図書館についてくらいかな」
廊下を歩きながら尋ねられ、シャロンは少し考えてから言った。思えば、あまり説明を受けていない。中央区角から出るな、迷う、とは言われたが。シャロンは付け足した。
「あと、迷子になるから中央区角から出ないように、とは言われたね。それから、私のことはシャロンでいいから」
みんなシャロン、シャロンと呼ぶから「さん」づけされるとくすぐったい。本名は別にあるのだが、そちらはあまり呼ばれることがない。自身がシャロンで通しているからだ。
「あ……えぇっと。昨日、案内したのは……?」
「エリゼオさんだったね」
シャロンがリエラの問いに答えると、彼女は呆れたような表情になった。
「あの人、やる気ないのかな……じゃあ、私からも簡単に説明するから。来て」
リエラが手招きしてシャロンを呼び寄せた。リエラに続き、一つの部屋に入る。どうやら談話室のようで、数人の聖協会の職員と思われる人たちが本を読んだりゲームをしたりしてくつろいでいた。
「……ここは、談話室で。お客様も自由に使っていいから……あ、どうぞ、座って」
シャロンは促されてソファに腰かけた。シャロンの向かい側にリエラが腰かける。
「えっと。説明されたかもしれないけど、この城はとても広いから、ふらつくとすぐに迷う。城は中央区角と東西南北の区画に分かれてる。城は南向きだから、向かって右側が西区角になる。えと、シャロンが泊まってる客室は、中央区角の西寄りだから……」
割と流暢に説明されたが、シャロン、と呼ぶところでためらった。かわいい。
「それで……大図書館は東区画の奥。絶対に1人でたどり着けないから、行きたいときは言って。手続きも必要だし……。まあ、談話室にそれなりにそろってるけど……」
リエラの視線を追うと、確かに談話室の本棚にはかなりの本が詰められていた。
「あと、入城するときに武器類は取り上げられたと思うけど、お客様は城の中では武器の携帯は基本的に禁止。……えっと。私がついて回ることになってるから、大丈夫だと思うけど……」
リエラはそう言って首をかしげた。何となく不安を覚えるのはシャロンだけだろうか。彼女が神器使いであることはわかったが、何となく頼りなく見えるのは仕方のない話だろう。
「ええっと。大体説明したと思うけど……何か質問はある?」
そう言われてシャロンは考えた。確かに大体の説明は受けたように思うし、リエラがついて回ってくれるなら、わからないことは彼女に聞けばいい。ああ、でもひとつ。
「私はどれくらいこの城にいることになるのかな?」
「……わからないけど……そう、だね。んー……そんなに、短期間では済まないと思うけど……」
「つまり、長くこの城にいるってこと?」
リエラにうなずかれ、シャロンは思わずため息をついた。
「やれやれ。まあ、特にやることがあるわけでもないけど……」
「シャロンは魔法剣士だって聞いたけど……一応、修練場とかも、私が一緒なら使えるけど」
「おや。それはありがたいね」
あんまり長引くようなら、お邪魔するようなことがあるかもしれないと思い、シャロンは微笑んだ。
沈黙。しばらく、周囲の話声だけが2人の耳に届いた。
「……えぇっと。シャロンは、ランサム王国の出身なのよね?」
「うん。でも、珍しくもないでしょ。聖協会はいろんな国から人が集まっているんだから」
「それも……そうだけど」
再び沈黙。もしかして、リエラにはコミュニケーション能力がないのだろうか……。
手持無沙汰になったので、途中からはチェス盤を借りてゲームを始めた。神殿で育ったシャロンは他に娯楽もなかったので、神官とチェスをして遊んでいたからそれなりに自信はあったのだが、リエラはかなり強かった。
三連敗したところで先番である白をもらったのだが、それでも勝てない。何なのだろうか、この娘。戦闘員ではなく実は頭脳派なのだろうか。
「兄ちゃん、お客様かい? リエラ嬢ちゃんは聖協会一のチェス名人だぜ」
「ユリア様やベルナール様でも勝てないものね」
気づけば、周囲に人が集まってきていた。顔を上げてびくっとしたリエラの頭を、近くにいた戦闘員風の男が手荒くなでた。
「これでもう少し度胸があればなぁ……」
「そう言うところがかわいいんだけどね」
今度は事務職員らしき女性がリエラの頭を優しくなでた。まとめ上げていた黒髪が乱れたリエラは、一度髪飾りをほどいて髪を結びなおした。どうやらリエラは聖協会の職員たちに愛されているようで何より。
昼になり、昼食を取りに行った。朝は客人用の食堂で朝食を取ったが、昼はリエラが一緒だったので職員食堂にお邪魔させてもらった。客人用の食堂より広く、セルフサービスだった。決まったメニューの中から好きなものを受け取って席に着く。
「効率的だね」
「……人が多いから」
「そう言えば、この城って何人くらい職員がいるのかな」
「全部ひっくるめれば5千人はいると思うけど。そのうち半分くらいは、各国の神官とか監察員とか……戦闘員は千人にも満たないし」
思ったより大規模な組織で驚いた。やはりランサム王国の片田舎に暮らしていたシャロンは、少々世間に疎いようだった。
「……また神器使いが死んだってさ」
「またか。今度は誰だ?」
「ほら。マルセルだ。前にヒルトが死んでから2ヶ月も経ってねぇのに……」
「……ねえ。今、協会押され気味なんじゃない?」
少し離れた席で話している男女3人の職員は、不安げに額を寄せ合っている。シャロンがリエラの方に視線を戻すと、彼女は気まずげな表情になった。
「……リエラ。聞いてもいいかな。今、神器使いって何人いるのかな」
「……35……いえ、マルセルが亡くなったから、今は34人。現在城にいるのは十人弱のはずだけど、ほとんどが非戦闘系神器使いだから」
「非戦闘系神器使いって存在するの?」
「……ええ。補助系の能力を持つ神器は存在する。誰かと一緒じゃないと効果を発揮できない人とか……それと、幼い人とか、年寄りとか」
「ああ。なるほど」
リエラも年齢制限が引っかかって城にいるのだろうか。たぶん、10代半ばくらいだと思うのだが、見た目で年齢がいまいちよくわからん。10代前半ってことはないと思うけど。
「それで、実際の所、協会は押され気味?」
「……より、結界の内側にまで魔物が侵入してきている、とは聞くわ」
「……そう」
シャロンたちが住むこの世界のこの大陸は、ジークフリート王が張った結界で囲まれている。この清浄なる結界を越えて、魔物は人間の住処に侵入することは困難、となっている。それが、より内側に侵入するようになったということは……。
結界が、弱体化してきている?
ジークフリート王が結界を張ってから既に300年以上が経つ。結界にほころびが見えてきても仕方がなかった。
とはいえ、シャロンには何もできない。シャロンは聖協会を頼ってきた一介の人間にすぎず、魔物を何とかすることはできない。ただ、シャロンに現れた文字の件はなかなか解決しないであろう覚悟はしておく。
とりあえず、育ての親たる神官に時間がかかりそうだという手紙を送っておく。というか、むしろ、養父よりもランサム王の方がごねそうだけど……すねたら機嫌を取るのが面倒くさいな。
リエラと昼食を終えて(美少女と食事をするのは結構気分がよかった)廊下に出ると、リエラに修練場へ案内してもらった。ここでもリエラはかわいがられていた。何なのだろうか。まあ、彼女が庇護欲をそそるタイプであることはわかるが。
「で、誰だこいつ。嬢ちゃんの彼氏か?」
「ショックで倒れる奴が多発するなぁ」
「懐かしいな。姫ん時もそうだったなぁ」
年配の男性たちが懐かしそうに言う。誰だ、姫って。圧倒されていたリエラだが、気を利かせた人が周囲に静かにするように言ったのでリエラはやっと口を開いた。
「あの。この人はお客様で、ちょっと長くここにいることになりそうだから、その、剣士だから」
微妙に要領を得ない説明だが、何となく意味は通じた。一応必要な単語を言っているからだろう。それと、彼女になれているのもあるのかもしれない。
「よろしくお願いします。シャロンと申します」
「シャロンだな。よろしく。早速、一戦どうだ?」
「では、お言葉に甘えて」
シャロンがいつも使っている剣は取り上げられていたので、模擬剣を借りる。まあ、ただの試合で真剣を使うほど酔狂ではないが。
さすがは聖協会の戦闘員。猛者ばかりでシャロンは押され気味だったが、続けざまに行った二戦目で勝つと、リエラに称賛の言葉をもらった。
「シャロン、すごいっ」
「いや。今のはまぐれだと思うね」
シャロンは自身に厳しい評価を下す。見ていただけのリエラは「だって、剣筋が全然見えなかった!」とちょっとずれたことを言った。そっちか。
「嬢ちゃんは全部、野生の勘で避けてるからな」
「……野生の勘はさすがに……」
先ほどまで興奮していたリエラはしょんぼりして言った。こういうところが彼女のかわいがられる理由なのだろう。というか、この協会のリエラへのかわいがり方は異常だと思う。この城に来て二日のシャロンが思うのだから、相当ひどいぞ。
「嬢ちゃんもやってくか?」
「ん……私は、やめておく。ユリアさんにむやみに戦うなって言われてるし」
「ははっ。そうかそうか。姫さんも心配性だな」
リエラと話していた男は、そう言ってリエラの頭をなでた。本日2度目の出来事に、リエラは憮然となる。また髪を結い直して髪飾りを付け直した。
にしても、姫はユリアーネの事だったのか。どうやら、リエラは『嬢ちゃん』、ユリアーネは『姫』で浸透しているようだ。
それと、どうやらリエラは剣術の才能があるようだ。案外、神器も剣なのかもしれない。ユリアーネに『戦うな』と言われているということは、相当弱いか相当強いかどちらかだろう。後者ならいつか手合せ願いたいものだ。
気づけば夕方になっていたので、シャロンは一度、シャワーを浴びに部屋に戻り、客人用の食堂でリエラと合流した。別に職員食堂でもよかったのだが、こちらの方が近かったのだ。
「えぇっと……シャロンが部屋に行っている間にユリアさんたちと話をしてきたんだけど」
「うん」
シャロンは肉にナイフを入れながら相槌を打つ。リエラはスープにスプーンを突っ込んだ姿勢のまま話を続けた。
「シャロンの文字の事なんだけど……やっぱり時間がかかりそうだって。封じの神聖文字であることはわかったんだけど、その……こっちのことで申し訳ないんだけど、ちょっと忙しくなっちゃって……ベルナールさんはまだ本調子じゃないし」
「うん。何となくわかってたから大丈夫だよ。私は特に、国で重要な仕事についていたわけではないしね」
「そう……なの? でも、ランサム王の紹介状を持ってきてたって聞いたけど」
「ああ。ちょっと個人的な知り合いなんだ」
ランサム王との関係に触れられてドキッとしたが、シャロンは何とか微笑んだ。みんなから『野性的勘』が優れていると言われるリエラだ。ごまかせたか不安だったが、あまり押しの強くないリエラは深いことまでは聞いてこなかった。
「……あと、私が魔物討伐隊に動員されるまでは、引き続きシャロンの案内役だって」
「そうか。これからもよろしくね、リエラちゃん」
「う、うん……」
リエラはぎこちなく微笑んだ。そう言えば、この子の笑顔を見るのは初めてではないだろうか。1日の最後にいいものが見れた。やはり美少女は笑っていた方がかわいいな。
何となく得した気分で1日を終えたシャロンだった。
ここまでお読みいただき、ありがとうございます。
リエラは「嬢ちゃん」、ユリアーネは「姫」と呼ばれています。