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神が奏でる小夜曲  作者: 雲居瑞香
第5幕 静寂の狭間に
16/19

15、オーケストラの指揮者

ここからはユリアーネのターンです。








 この世界は、何故存在しているのだろうか。


 私はなぜ、戦っているのだろうか。


 そんな壮大な疑問を頭の中に浮かべているユリアーネは、絶賛戦闘中であった。ジークフリート王の結界の北方、バトゥーリン自治区である。しかも、その結界の近くだ。


 ここにいる理由は簡単で、前々から聖協会に魔物が大量に出没する、と言う話が来ていたのだ。


 もともと、結界の近くには人はあまり住んでいない。平時でも魔物がフツーに侵入してくるためだ。そのため、人里にはジークフリート王の結界のほかに、聖協会所属の神官や魔術師が張った結界が存在する。

 人があまり住んでいないということは、思いっきり力を解放してもいいと言うこと。特に、同行者であるキーラの神器は威力が大きく、人里ではむやみに使えない。そのため、こうした辺境の地に赴くことが多くなっている。女性なのに、申し訳ない。


 少し離れたところから、どぉん、という衝撃音が聞こえる。次いで木々が倒れる音。キーラが派手にぶちかましたらしい。


 キーラとユリアーネ。この2人を一か所にとどめておくのは非効率。今回、この2人が同行しているのも、2人いれば仕事が早く終わるためだ。

 キーラの神器は身の丈ほどある金の杖。ユリアーネも杖を持ち歩いているが、あれはただの魔法道具であり、神器ではない。しかし、キーラの杖は神器だ。『エイル』と呼ばれるその神器は、高出力の攻撃魔法を放出する神器である。その射程は神器使い本人から数えて約五十キロともいわれる。

 対するユリアーネは普段、聖協会本部エーレンフェルス城に引きこもっていることが多い。ユリアーネは聖協会の頭脳だ。彼女がいなくなれば、聖協会が回らなくなる、とすら言われる。


 彼女の神器は、もともと戦闘向きではない。本人は少々戦闘狂なきらいはあるが、彼女の神器は羽扇。『ラーズグリーズ』と言う。これは所有者の能力に依存する神器なのである。

 生まれた時から聖協会にいる彼女は、この神器を使いこなすために生きてきたと言っても過言ではない。


 彼女は、神器を使うことしか求められなかった。王の神器使い、ヘンリエッテの娘だから仕方がないのかもしれないが、なかなか堪えるものがあった。



 でも、あの時は父も母もいた。



 ユリアーネは大きく息を吸う。左手に持った羽扇を一振りすると、迫ってきていた魔物たちはすべて地面に押しつぶされた。今度は頭上に目をやる。再び羽扇を一振り。今度は妖鳥ようちょうたちが風に切り裂かれた。

 ユリアーネの神器はこの世の法則をつかさどる。この神器を使いこなすためには、この世界の仕組みをよく理解しなければならない。この世界は法則であふれていて、ユリアーネが干渉するのは簡単だった。

 しかし、法則に干渉すると言うことは、新たに法則を作り出せないということだ。神器や魔法は、この世界の法則に干渉し、その法則を捻じ曲げることで強大な力を発揮する。キーラを見てみればいい。彼女の神器の能力はこの世界の法則を凌駕している。

 ユリアーネの神器は世界の法則から抜け出せない。そのため、使用者によっては全くこの神器の能力が機能しないのである。

 ユリアーネは司令官だ。この神器は、もともとジークフリート王の軍師が持っていたものなのだろう。もともと、戦闘用ではないのだと思う。



 ジーナは、ユリアーネを『オーケストラの指揮者』と称した。言いえて妙かもしれない。



 ユリアーネは最前線へ出てくる人物ではない。たとえ彼女が戦闘狂であろうと、理性の強い彼女は後方支援に徹していた。それでいい。ユリアーネの力は指揮官向きなのだから。


 しかし、人々は『ヘンリエッテの娘』だからとユリアーネを戦闘に出したがる。今ユリアーネがいなくなったら、だれが聖協会をまとめ上げられるというのだろうか。


 わかっている。みんなはユリアーネを慕っているのではなく、『ヘンリエッテの娘』を慕っているのだ。


「ユリア」

「ん。キーラ。派手にやってたわね」

「周りに人がいないから、思いっきりやらせてもらったの。ユリアは相変わらず効率がいいわね」

 おっとりした優しげな雰囲気の女性が放つとは思えない言葉である。しかし、基本的にキーラはこんな感じだ。夫を魔物に殺されているので、恨みがあるのもわかる気がする。

「これで、大体結界の円周部分は制覇したかしら」

「そうねぇ……。まあ、最初に討伐したところに戻って、またしばらく様子を見なきゃね。また侵入しているかも」

「それもそうね。2・3日は様子を見ないと」

 キーラはそう言って微笑んだ。基本、本部待機のユリアーネと違って、慣れているのである。

「とりあえず、今日の所はひとまず帰りましょうか」

「了解。じゃあ手を握って」

 キーラが差し出した手を握る。キーラは単独で転移魔法が使えるのである。そのため、彼女は国々を飛び回ることとなっている。



 現在宿として使わせていただいている神殿に着くと、「ユリアーネ様!」と伝令の魔術師が走ってきた。

「何よ。どうしたのよ」

「み、ミエス様から伝言です! 『すぐに戻れ』。以上です!」

「まったく意味が分からないわ」

 夫は何が言いたいのだろうか。説明する、と言う言葉を知らないのだろうか。何なんだ、あんたは。いや、私の夫だけどさ。


 ひとしきり脳内のミエスにツッコミを入れた後、ユリアーネは魔術師に尋ねた。


「何があったのかしら。まさか、攻め込まれたということではないでしょう?」

 エーレンフェルス城はミエスの領域だ。彼が彼の城にいる限り、侵入は困難であろう。

 魔術師は言いにくそうに言った。

「それが……シエルラのマリアンヘラ王女がいらっしゃいまして」

「なんであの我がまま姫が来るの」

 ユリアーネの口調がとげとげしかったからだろう。若い伝令魔術師はびくっとした。


「詳しいことは聞いておりません! すみません!」


 がばっと頭を下げられた。ユリアーネは思わず沈黙、キーラは微笑んだ。

「ほら、ユリアが怖いからよ」

「悪かったわねぇ」

 ユリアーネはむっとした表情でキーラを睨んだ。たれ目だが切れ目であるユリアーネは、『妖精の女王』と呼ばれるほどの美貌を持つが、同時に怒らせると怖い人物にもあげられる。キーラは話をそらすように口を開いた。

「マリアンヘラ王女か。久しぶりに名前を聞いたわね」

「リエラを連れてくるとき、大変だったしね……。とにかく、居残りのみんなでは対処できないのね?」

 ユリアーネが尋ねると、伝令魔術師はコクコクとうなずいた。どうやら、一刻も早くユリアーネに帰って来いと言いたいらしい。確かに、マリアンヘラの相手は面倒だ。

 マリアンヘラはリエラの双子の姉。リエラが情緒不安定になった原因でもある。とにかく我がままで自己中心的。善悪の判断もできていないかもしれない。リエラをいじめまくってくれた子で、ユリアーネは心の底から性格をたたき直したいと考えていた。

「リエラに何かあっても困るしね。わかったわ。すぐに帰ります。と言っても、明日になるけど。連絡よろしく」

「はいっ」

 ほっとした様子で伝令魔術師が連絡に走った。ユリアーネは成り行きで変えることになってしまったので、キーラに謝る。


「ごめん。先に帰るわ」

「ええ。仕方がないわ。もう大まかには討伐が終わっているし、一人でも大丈夫よ」

「でも、一応帰ったらもう1人、神器使いを送り込むわね」


 キーラの実力を信用していないわけではないが、念のため。結界がひとたび崩れて魔物が一挙に侵入してくるような事態になれば、現在の聖協会では太刀打ちできない可能性がある。できれば水際で侵入は押しとどめたい。

「わかったわ。本部の方、お願いね」

「ええ、もちろん」

 ユリアーネはキーラに向かってしっかりとうなずく。その夜はキーラとともに食事をとったが、翌朝、ユリアーネはキーラの起床を待たずに転送魔法陣でエーレンフェルス城に帰還した。

 転送魔法陣が置かれている部屋には、必ず1人は魔術師が常駐している。転送魔法は繊細で、出発地点と到着地点の両方に魔術師がいることが好ましいのである。

 しかし、ユリアーネがエーレンフェルス城に戻った時、そこにはユリアーネの補佐をしている執政官ロイクの姿があった。

「お帰りなさいませ、ユリアーネ様」

「ただいま。ロイク。状況は? マリアンヘラが来てるって聞いたけど」

「……ええ。ベルナール様とミエス様をぶつけてみましたが、あえなく玉砕しました」

「何やってるのよ、あの2人は……」


 ユリアーネは役に立たなかった男2人に呆れた。まあ、マリアンヘラは確かに扱いづらい。身分を笠に着た嫌味なタイプ。典型的な我がまま姫。彼女は聖協会の存在を正しく理解していないと思われる。


「早々に追い返しましょう。大体の報告は聞いているから。マリアンヘラを私の執務室に呼んでおいて。それから、リエラと……そうね、シャロンも呼んで。ギルバートは帰ってきているのよね?」

「ええ。先日」

「なら、彼も呼びなさい。指導役よ。まあ、3人いれば魔術師は1人でいいでしょう。調査員も手配しておいてね」

「御意に。では、4人をお呼びしてきます」

「よろしく。ついでにベルナールの所に此のことを伝えておいてね」

「わかりました」

 すべて歩きながら打ち合わせしたのだが、ロイクは指示を受けるとそのまま走って角を曲がって行った。ユリアーネは一度部屋に戻っていつものドレスに着替えてから執務室の方に向かった。

 相変わらず、マリアンヘラは横柄な態度でユリアーネを詰ってきた。少々大人げないと思いながら、ユリアーネはマリアンヘラを言葉で黙らせた。それから、背後で控えていた3人の神器使いに告げる。


「よし。そんなわけで、シャロンは初任務、リエラちゃんは里帰り、ギルはそんな2人のお目付け役ね。いってらっしゃーい」


 かなりいい笑みを浮かべて言うと、ギルバートが「マジか」とつぶやくのが聞こえた。すまん。頑張ってくれ。応援してるから。

 シャロンも不安そうだが、リエラとギルバートがいるから大丈夫だろう。教官役としてギルバートは十分だし、リエラは一人でかなりの戦力になる。ユリアーネは三人とマリアンヘラ、魔術師、2人の調査員を見送ると、一度分の執務室に戻ってベニートにエリゼオを呼ぶように言った。


 エリゼオはれっきとした『十五人の博士ドクトル』で神器使いなのだが、微妙にやる気がない。しかし、実力はある。ユリアーネは彼に、キーラの援護に行くように言った。

「と言うわけで、私の代わりにキーラのところに行って来てちょうだい」

「え、俺が行くんですか。別に俺じゃなくてもよくないですか。ジェミヤンとか」

「本気で言ってるなら一週間営倉入りだからね」

「え、すみません。でも、行きたくないです」

「みんなやりたくないの! 行きたくないと言いつつギルもリエラもシエルラに行ったんだからあんたも行きなさい!」

 ユリアーネはエリゼオの尻を蹴飛ばす勢いでそう言った。エリゼオはユリアーネとの攻防に押し負け、泣く泣くキーラのいるバトゥーリン自治区北端に向かった。ちょっとかわいそうだったかな。まあ、たまには仕事をしてもらおう。


 早く済ませてしまいたかった仕事を片づけると、ユリアーネとベルナールの執務室に向かった。空気を読んでいたのかたまたまか、夫のミエスもそこにいた。



 ……2人とも、のんびりお茶を飲んでいたから、たぶん、たまたまいたのだと思う。









ここまでお読みいただき、ありがとうございます。


ユリアーネの神器は、ユリアーネの能力に依存しています。世界の物理法則などを正しく理解していないと使えない能力ですね。


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