14、フェイク
これでこの章は終わりです。
結局、宰相は謀反未遂で捕まった。マリアンヘラが何事かわめいていたが、だれも気に止めなかった。シャロンが倒した魔物は調査員の人たちが調べて処分するそうだ。エステファニア女王は寝室に連れて行かれ、すぐさま医者の診察を受けたそうだ。シャロンは報告に来る宮廷官吏にそう聞いていた。
とりあえず、先ほどまでの猛攻はなんだったのか、リエラが再び玉座の間の隅にうずくまっていた。シャロンはその隣に膝をついている。シャロンはギルバートほど器用ではないので、ただリエラの頭をなでていた。
「よう。お疲れさん」
ギルバートがひょっこりと現れた。シャロンはしゃがんだまま彼を振り返り、「遅い」と文句を言った。
「悪ぃな。俺はリエラみたいに空中移動ができねぇから」
リエラの浮遊魔法はかなり難しいものらしい。反重力魔法の一種であると説明を受けた。とにかく、大量の魔力が必要なのだそうだ。だから、その魔法が使えないギルバートの到着が遅かったのは仕方がないことなのだ。
「あのぉ、すみませーん。ちょっといいですかー?」
玉座の間を調査中だった調査員がシャロンたちに向けて叫んだ。リエラがふらりと立ち上がったため、シャロンとギルバートも調査員の方に向かう。彼はリエラが真っ二つに割ったガルドス公爵の剣を持っていた。
「これなのですが……どうやら、神器の模造品のようです」
「模造品って、フェイクの事か? つーか、神器って模造できんの?」
「正確には、『神器に近い性質を持った武器』です。神器は神々から与えられた武器、聖具は神々の祝福を受けた武器ですが、これは違います。人の手によって作られるところまでは聖具と同じです。しかし、これは人の手によって神器と同じような力を得られるようになっています。まあ、一種の強力な魔法道具ですね」
「なるほど……何か問題があるのか?」
「大ありです。これは神器などのような清浄な魔力ではなく、濁った魔力が込められています。この力に触れ続けると、肉体や精神に異常をきたすことがあるんです」
「ふぅん……」
さすがに専門外だからか、ギルバートが納得したようなしていないような声をあげた。シャロンにもよくわからなかった。とりあえず、危ないものらしい。
「……持って帰ればいいのか?」
「持って帰ります。当然です! ユリアーネ様に報告しなければ!」
調査員は意気込んでそう答えた。尋ねたギルバートは「そ、そうか」と若干引き気味だ。ユリアーネに対する忠誠心がすごい。
「……その剣、召喚魔法陣を展開していた」
シャロンと手をつないでいたリエラがぽつっと言った。そう言えば、とシャロンも思い出す。
「確かに、ガルドス公爵が剣を床に突き立てたら、魔法陣が展開されましたね。その中から魔物が次々と」
「なんと!? まさか、転送魔法陣の一種が!? 組み込まれていると!? なんと!」
ちょっと調査員のテンションについて行けない。そんなにすごいことなのか。どうやら、シャロンは学ばなければならないことがまだまだあるらしい。
それから2日ほどシエルラ王国に滞在したが、王都エスピネルに魔物が現れることはもうなかった。そのため、シャロン、リエラ、ギルバートは、お供の魔術師とともに聖協会本部エーレンフェルス城に帰った。もちろん、転送魔法陣で。相変わらず慣れないシャロンは気分が悪くなった。
「お帰りー。大変だったみたいね」
先に帰還していた調査員二名から報告を受けていたのだろう。ユリアーネはシャロンたちの顔を見るなりにそう言った。相変わらず彼女の執務室は雑然としている。しかし、初めて彼女と顔を合わせた時に比べれば、かなり書類の寮が減っている。気がする。
「おう。女王は重傷だわ、王女に嫌味を言われて追い出されるわ」
「たぶん、そのうち政変が起こると思う」
ギルバートの発言の後にそう言ったのはリエラだった。彼女は言った。そのうち、エステファニア女王は王位から追放されるだろうと。
「あら。いいの、それで」
「……別にいい。あまり母親らしくない人だったし……殺されることは、ないでしょ」
「そうね」
自分の母親が目覚めない眠りについているユリアーネが眼を細めて微笑んだ。
「お母様は、良くも悪くも自分に正直な人だから。母も姉も、女王に向いていなかったのだと思う。だから、ガルドス公爵の怒りは正当だと思うの」
「女王を弑して、お前を王にってやつか? 女王になってみようと思わなかったのか?」
ギルバートの疑問に、リエラは「思わない」と答えた。
「私は女王になりたくないから。興味がないもの」
「まあ、リエラが女王になったらこちらも困るからね。さて。報告書を見せてちょうだい」
ユリアーネに手を差し出され、3人はそれぞれがまとめた報告書を提出した。報告書と言っても、半分日記、半分作文のようなものである。とにかく会ったことを記載、それに伴う自分の考えを書いているだけだ。
ユリアーネは真剣な表情で報告書を斜め読みすると、言った。
「転送魔法陣の応用って報告は受けていたけど、やっぱり召喚魔法に近いわよね……。まあ、これで王都内に魔物が侵入してきていた理由はわかるけど」
ユリアーネはガルドス公爵のクーデターには触れなかった。それは聖協会の職分外だからだ。
ユリアーネは報告書をテーブルに置くと、半分に折れた剣を手に取った。本当に持ち帰ってきていたらしい。
「……だいぶ黒ずんできているわね」
ユリアーネが言うように、銀色に輝いていたはずの刀身が黒ずんできている。ユリアーネはそれもテーブルに置いた。
「シャロンには、私の母の話をしたかしら?」
ユリアーネが有名なように、彼女の母親も有名だ。
「ええ……ヘンリエッテ様は有名ですから」
ヘンリエッテ・エルメンライヒ。ユリアーネの母親で、ジークフリート王の死後、唯一彼の神器に選ばれた女性。『十五人の博士』のジーナは、ヘンリエッテを『ソロパートを圧倒的な存在感でこなす奏者』と称した。
ヴァラハ王国の第1王女であった彼女は、『王の神器』に選ばれたものとして、聖協会に属した。王族や王族に連なる貴族のなかには神器使いが多く表れると言う。そのため。ヘンリエッテが神器使いだとわかるのは早かったそうだ。10代前半のころにはすでに、聖協会に所属していたという。
そして、彼女は聖協会の職員と恋におち、子供を産んだ。それがユリアーネである。彼女には弟もいるらしいが、会ったことはない。
聖協会の職員がユリアーネに敬意を払うのは、彼女の能力が優れているからだけではない。彼女の母がヘンリエッテだからなのもある。むしろ、こちらの比重の方が大きいとユリアーネは言った。
「おそらく、母は神話の時代以降で最強の神器使いだったと思う。でも、7年前にこれと同じ、神器のフェイクに貫かれたの。怪我は大したことがなかったし、心臓も動いてる。だけど、母は目を覚まさなくなったわ」
「……」
重い話を聞かされ、シャロンは沈黙した。しばらくの沈黙のあと、ギルバートが口を開いた。
「俺も、ヘンリエッテ様には会ったことねぇけど、最強の神器使いなら、どうしてフェイクなんかに負けたんだ?」
「わからないわ。私は現場に立ち会っていないもの。立ち会ったのは父だけだった」
ユリアーネはそう言ってソファの肘掛けに頬杖をついた。
「それ以降、私がフェイクを目にしたことはなかったんだけど……」
「……」
すっとユリアーネが眼を細めた。7年前から存在していたフェイク。それが再び現れたことが感慨深いようだ。
「あのー、ユリアさん?」
良くも悪くも空気を読まないギルバートがユリアーネに話しかけた。ユリアーネはもっていた黒ずんだフェイクをテーブルの上に戻す。
「忙しくなりそうね」
ユリアーネはそれだけをつぶやいた。それから彼女はにこっと微笑むと、いつもの口調で「お疲れ様。ゆっくり休んでね」と言った。
何となく、嫌な予感がした。
ここまでお読みいただき、ありがとうございました。
最後まで書けるかわからないので、ちょっと今後のシエルラについて。
貴族からの信頼を失った女王エステファニアは廃位に追い込まれ、代わりに夫であるディオヘネスが国王として即位します。シエルラは代々女王の国なのですが、王室典範が改定され、男でも王位を継げるようになったことで、次の王はリエラとマリアンヘラの弟に決定しました。リエラは聖協会、マリアンヘラは性格的に不適合とされました。




