13、シエルラ王国
引き続き戦闘シーンです。
その翌日、翌々日も魔物が王都に現れた。時には王都の端に現れ、遠距離攻撃のできるギルバートと、空を飛べるリエラが討伐に向かうこともあった。シャロンは宮殿でお留守番。笑顔でマリアンヘラの嫌味を聞いているのが仕事だった。
「お帰り、リエラちゃん」
「……うん。ただいま」
連戦の為か、リエラは若干疲れて見えた。今回は二か所同時に出現したため、一方はリエラ、一方がギルバートが討伐に行った。シャロンは例によってお留守番。空を飛べるリエラの方が先に帰ってきたのだ。
「……だんだん、魔物が出現する間隔が短くなってきてる」
「一応、統計取ってるけど、確かに間隔は短くなってきてるよ。ノート見る?」
ただ待っているだけでは暇なので、シャロンはノートに、魔物が出た日時、場所を記録していた。もっと詳しいものを調査班が記録しているので、あくまで参考にしかならないけど。リエラも「いい」と首を左右に振った。
「……やっぱり、手引きしてる人がいるんじゃないかな」
廊下を並んで歩きながら、リエラが言った。シャロンは顔半分ほど低い位置にあるリエラの頭を見た。
「この短期間で、こんなに魔物が侵入してくるなんて……何か、たくらんでるのかな」
たくらんでいるにしても、犯人が特定できなければ意味がない。頼るならリエラの野性的勘と、シャロンの優れた五感を頼るしかない。こういう頭脳戦は、リエラとシャロンの分野ではない。
結構この2人は似た者同士なのかもしれない。そんなことを考えていると、並んで歩くシャロンとリエラの間を、ふっと何かが通り過ぎた。それは近くに飾ってあった花瓶に当たり、大きな音を立てて爆発した。とっさに耳をふさぐ。
「え、なに!?」
「魔法の誤動作かな?」
シャロンは素直に驚くリエラとは違い、若干馬鹿らしいことを口にしながら剣に手をかけた。魔法の誤動作ならもっと大きな爆発が起こっているはずだ。
そのままシャロンは、振り向きざまに剣を抜き放った。迫っていた魔法を神剣で切り裂く。と言うか、斬れるとは思っていなかったシャロンは驚いた。
「さすがは神器」
「シャロン! 彼!」
リエラが無作法にも指を指したが、シャロンも気にしなかった。年齢的にフットマンだろうか。シャロンとさほど年が変わらないであろう使用人の青年が魔法を使用するための杖をこちらに向けていた。リエラに指を指されたことにうろたえている。
シャロンは力強く床を蹴った。使用人の青年は逃げようと身をひるがえしたが、シャロンはむんずと彼の襟首をつかむ。彼が「ぐえっ」とカエルのつぶれたような声をあげたが、無視。そのまま杖を取り上げ、両手を後ろ手に拘束した。
「うわぁ。よくできた魔法道具」
リエラが取り上げた杖を見て言った。彼女はためらいなくその杖を半分に折る。それ、金属だと思うんだが。リエラはどんな腕力をしているのだろうか。
「リエラちゃん。何か紐とか持ってない?」
「紐? あ、これでいい?」
リエラはそう言いながら、髪を束ねるのに使っていたリボンをシャロンに渡した。ちなみに、今の彼女は簪をベルトに挟み込んでいる。
「ああ。ありがとう」
シャロンはリボンを受け取ると、青年の両手をきつめに縛り上げた。
「慣れてるね、シャロン」
「まあ、聖協会に所属する前は、護衛の仕事とかをよくしてたから」
「……シャロン、神殿で育ったって言ってなかった?」
「神殿仕えはちょっと性に合わなくて」
神官にならないかと言われたこともある。神殿には神官兵と呼ばれる、神官だが、同時に兵士でもある存在がいた。魔物対策の一環なのだろう。それにならないか、と言われたことがあるのだが、シャロンは断ってきていた。
だが、まさかその神殿の上層部にあたる聖協会直属の神器使いになるとは思わなかった。
「……えっと。あなたはどうして私たちを攻撃したんですか?」
リエラが緊張気味に尋ねた。人見知りは健在のようだ。彼女の性格を考えれば、シャロンはかなり懐かれたな、と思う。
「た、頼まれたからだっ。金を積まれて脅されたんだよ!」
金に目がくらんだのだろうか。そう言う人は多い。ランサムにいたころのシャロンは、そう言った連中を捕まえる仕事もしていたことがある。
とりあえず、どうするべきだろうか。シャロンはリエラと目を見合わせる。
「どうする? 私は経験がないから、よくわからないんだけど」
「うーん……」
リエラも首をかしげた。基本的に、聖協会は15歳にならないと任務に就かせないようにしているようなので、16歳のリエラはここ1年ほどしか経験がない。そう言う意味では、シャロンといい勝負だった。
「……とりあえず、お母様に謁見する……」
最後の方、言葉が消え入りそうだった。確かに、この宮殿の使用人はエステファニア女王が雇っているのだ。間違ってはいない判断なのだが、リエラはよほど母が苦手なようだ。
「まあ、私も一緒だし、大丈夫だよ」
たぶん。と心の中でつぶやく。リエラはこくっとうなずき、シャロンと青年の先に立って歩きはじめた。どうやら、謁見の間に向かっているようだ。もしくは玉座の間と言い換えてもいいけど。
謁見の間の前まで行くと、その扉は少しだけ空いていた。警備の騎士2人が床に横たわっている。リエラが悲鳴を上げるように口を開けたが、声は出さなかった。シャロンは悲鳴を上げそうだった拘束中の青年の口を手でふさいだ。
リエラは警備兵に駆け寄り、脈を計った。それからシャロンを見上げて首を左右に振る。シャロンとリエラが緊張に身をこわばらせたとき、中からだだんっ、とでも言うべき音が聞こえてきた。シャロンは青年を拘束したまま投げ出し、リエラとともに謁見の間に入った。(背後から非難の声が聞こえたが、無視した)
中の状況を見て、リエラが悲鳴をあげた。
「お母様っ」
「これはレオカディア王女。ごきげんよう」
宰相のガルドス公爵が笑みを浮かべていた。四十代後半と思しき彼は、神器使いに不快な態度をとるエステファニア女王をいさめていたので記憶に残っている。
そのエステファニア女王は、彼の足もとで血を流している。リエラは母親に駆け寄り、助け起こすのではなく、ガルドス公爵に剣を向けた。
「宰相、何のつもり?」
「レオカディア様。わかっておいでなのでは? この女に国を統治する資格はありません」
シャロンはエステファニア女王の脇にしゃがみ込むと、傷口を布で押さえつけた。一応、治癒魔法は習ってはいるが、あまり効かない。
「確かに、政治においては優秀な女王であると言えましょう。しかし、彼女は好き嫌いが激しすぎる。好きなものはかわいがり、嫌いなものはことごとく拒絶する。ちょうど、マリアンヘラ王女とあなたのように」
マリアンヘラははっきりと自分の意志を主張する。双子でも、リエラは控えめで人見知りだ。エステファニア女王は自分が高慢だからか、同じく高慢な態度のマリアンヘラをかわいがっているようだ。少なくとも、ガルドス公爵はそう思っているようだ。
「嫌われたものたちは女王に謁見すらできない。そうしたものたちの不満が降り積もり、国が割れる。わかりませんか?」
ガルドス公爵は少し間を置くと、もう一度、言った。
「この女には、女王の資格がないのです」
「……だから、殺そうと言うの?」
「女王は、私がいさめても聞かなかった。他人の言葉に耳を傾けないのも、女王として失格……このままでは、彼女は自分で自分の身を滅ぼす。それが、少し早まっただけですよ」
ガルドス公爵の言うことは、少しわかる気がする。エステファニア女王は神器使いたちを『田舎者』、『野蛮人』とののしったのだ。自分の娘も神器使いであるのに、である。最近流行りの素直になれない人ではなく、本当に本心からそう思っているのがわかる言い方だった。
貴族の中にも、ののしられたことがある人はいるのだろう。謁見もできなくなれば、そう言った人たちの不満がたまり、そして、爆発する。それは避けられないと、シャロンも思う。
しかし、だからと言って女王を殺すのは間違っている。やりすぎだ。
「魔物に王都が襲われれば、恐れをなした女王と王女が、聖協会に助けを求めると思った。あなたのもとに行くと思ったのです」
ガルドス公爵がじっとリエラを見つめ、リエラはたじろいだ。
「私は魔物を怖がるマリアンヘラ様に、『聖協会本部は安全』だと言って追い出しました」
「……」
どうやら、マリアンヘラが聖協会本部に来たのは彼のせいだったらしい。シャロンはエステファニア女王の腹部の傷口をぬので きつく縛り上げた。
「マリアンヘラ様が行けば、あなたがついてくると思った……ついてこさせられると思った」
つまり、ガルドス公爵はユリアーネの思考を読んだということだろうか。神器使いが、自分の出身国に遣わされることは珍しくないらしいので、単純にシエルラ出身のリエラが来る可能性が高い、と思っただけかもしれないが。
「そして、あなたは確かにやってきた」
リエラが剣を握ったまま足を後ろに引く。ガルドス公爵の手にある剣が床をこすり、彼はリエラに一歩近づく。
「玉座にお付きください、レオカディア様。エステファニア女王よりはずっとましだろう。何より、神器使いの女王は民衆の支持が集まる」
おそらく。おそらく、ガルドス公爵は本気で国を憂えてこんなことを起こしたのだろう。第2王女であるリエラは、女王、第1王女が死なないと王位を継げない。そもそも、神器使いになった時点で王位継承権は破棄されていると思うのだが、どうだろう?
と言うか、本音が漏れてるけど。ましだろう、って……。
「きゃああああぁぁぁぁああああっ!」
玉座の間に悲鳴が響いた。見ると、マリアンヘラがエステファニア女王を見て悲鳴を上げていた。
「な、な、な、何てことするのよ! お母様!」
マリアンヘラは空気も読まずに玉座の間に突撃してくると、シャロンを突き飛ばしてエステファニア女王にすがりついた。
「ああ、お母様っ! 誰にやられたのですか! この神器使いですか!?」
いや、私は助けようとしただけだから。ツッコミを入れようか迷ったが、ひとまず黙っておくことにした。マリアンヘラには言葉が通じないだろう。ガルドス公爵など、あまりの騒がしさに舌打ちしている。
「それで、返事は聞かせていただけますかな。レオカディア様」
「断るわ。私は神器使いだから」
「それは残念です」
騒がしいマリアンヘラを無視して、ガルドス公爵とリエラが冷静に会話していた。いや、リエラは少し手が震えている。
ガルドス公爵は言った。
「誠に残念です。あなたのことを殺したくはなかったのですが」
そう言うと、彼は、剣を床に突き立てた。その場所から魔法陣が広がり、明滅する魔法陣からは魔物が次々と出てくる。マリアンヘラが悲鳴をあげた。
「きゃああぁぁぁっ! あんたたち、何とかしなさいよ!」
コロコロと意見が変わる娘だ。と言うか、悲鳴が甲高くて耳が痛いのだが。
「シャロン! 魔物をお願い!」
「はい! って、本気ですか!?」
勢いに押されてうなずいてしまったが、初陣のシャロンに魔物をすべて任せてガルドス公爵に飛びかかったリエラを見て、シャロンは悲鳴に近い声をあげた。それでも剣を構え、魔物を斬り倒していく。
魔法陣からは際限なく魔物が出てくるわけではないらしい。十匹ほどの四足歩行の魔物が出てきたところで魔法陣は光らなくなった。ほぼ同時にリエラが襲い掛かったため、ガルドス公爵は魔法陣に使った剣を引き抜き、リエラの刃を受け止めた。
聖協会の戦士の中で五指には入る実力者のリエラの剣を軽く受け流すガルドス公爵は、年の割にはきれのある動きだ。リエラの剣戟はかなり重い。それを真正面から受けるのではなく、受け流しているのだ。
リエラが次々と剣戟を繰り出す。彼女は、単調な攻撃をつづけた後、不意に回し蹴りを繰り出した。すんでのところで避けられる。
「ちっ」
今、舌打ちが聞こえた気がした。確認したい気がしたが、シャロンは目の前に迫っていた7匹目の魔物を切り裂いた。
さらにリエラは上から、下から、横から剣戟を繰り返す。騒ぎにひとが集まってきているが、だれも中に入ってこようとはしない。女王と王女が中にいるのに。それだけで、エステファニア女王の人望のなさがうかがえた。
ガキィン、と破壊音がして、ガルドス公爵の剣が半ばから折れた。リエラは彼ののど元に剣を突きつけて、鋭い口調で言った。
「いくらお母様に人望がなかろうと、この先、どうするか決めるのは、あなたではないわ」
決めるのは、あなたではない。国民だ。
リエラはそう言ってのけた。
ここまでお読みいただき、ありがとうございます。
リエラは実は強いです。単純な剣術の腕なら、ユリアーネとかミエスとかも強い設定。あくまで設定であって、出てくるかは微妙です。




