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神が奏でる小夜曲  作者: 雲居瑞香
第4幕 姫君のアリア
13/19

12、初戦闘







 1、2……6羽か。魔物でも鳥類の数え方は『羽』なのだろうか。そんなことを考えながら、シャロンは避難誘導を開始した。



「落ち着いて、この場から離れてください! お子さんとは手をつないで! 決して1人にならないように!」



 避難誘導のマニュアルの通りに叫びながら、広場から人を追い出していく。魔物の侵入に気付いていた彼らは、おとなしく広場から離れて行く。何度も魔物が出現して慣れてしまったのか、みんな落ち着いていた。

 避難誘導をしながら、シャロンはリエラとギルバートの方もちらっと確認する。リエラは地面を大きく蹴り、空中に舞いあがっていた。あれ、どういう仕組みで空中に停滞しているのだろう。


 そして、ギルバートの神器だが、何やら丸い銀の筒のようなものが彼の周囲に10個ほど浮いている。あれが神器だろうか。神器の種類が多すぎてわからん。シャロンの剣のようないかにもな神器もあれば、リエラの簪のような一見してそれとわからないようなものもあるのである。

 結果から言えば、ギルバートの神器は周囲に浮く筒だった。彼がそれらを操っているらしく、彼の周囲を自在に動き、狙撃系の攻撃を繰り出している。筒自体が攻撃しているのではなく、筒から光線が出るのだ。見る限り、ギルバートの周囲を離れられないようだが、便利な能力であるのは確かだ。


 そして、聞いてはいたがリエラが神器使いの中でも五本の指に入る実力者だと言うのは事実らしい。たった1人、しかも空中戦で次々と魔物を切り裂いていく。翼を切り落とし、落ちてくる魔物をギルバートが射抜いた。

 シャロンも一応神剣を構えているが、することがなかった。眼を細めてリエラの奮戦っぷりを見ていると、彼女は腕を伸ばして剣先を魔物の方に向けた。


「――っ!」


 神器を通した魔法攻撃なのだと思う。リエラの神器の剣先から、魔法射撃が繰り出された。熱光線なのだろうか、それが直撃した魔物は一瞬にして蒸発した。

 なんでもありだな、神器。若干呆然としていたシャロンに、頭上からリエラの声が飛んだ。


「シャロン! そっちに行く!」


 リエラに翼を斬られて落下してきた鳥の魔物がシャロンに向かって大きくくちばしを開いていた。心拍数が一気に上昇したが、シャロンは落ち着いて剣を構えた。こちらに突っ込んでくる鳥の勢いに任せ、シャロンは横ざまに魔物を切り裂いた。

「お見事」

 ギルバートが軽く手をたたいて言った。リエラがシャロンの近くに着地する。

「大きいねぇ」

 リエラが足元に転がるシャロンがとどめを刺した蹴りながら言った。彼女は情緒不安定な時と調子がいい時の落差がすごすぎて戸惑う。彼女は戦闘になると調子がいいようだ。実は戦闘狂なのだろうか。


 リエラが無言で魔物に剣先を向けると、魔物は炎で包まれた。


「……リエラちゃん、神器は地属性だって言ってなかった?」

「地属性が一番強いよ。これはあまり得意じゃないの」

 リエラが燃え上がらせた魔物はすぐに灰になった。

「その魔法、私も覚えられるかな?」

「……わからないけど、神器の能力に依存している気がする」

「……そう」

 シャロンは魔術師であるが、あまり強力な魔法は使えない。神器に魔術が依存するのなら、シャロンにも強力な魔法が使える可能性が出てきた。

「とりあえず、調査班を呼ばないとな。城で待機してるはずだな」

「……たぶん」

 ギルバートが確認を取ったが、リエラもシャロンも首をかしげた。今回の任務はこの3人だけではなく、ほかに調査員が2人、魔術師が1人ついてきていた。通常は戦闘員となる魔法剣士がついてくるのだが、今回は神器使いが3人なので、戦力は十分だとユリアーネが判断したそうだ。

 ギルバートが連絡用の魔法具で調査員と連絡を取り始めた。この広場はあまりシエルラ宮殿から離れていないので、すぐに到着するだろう。実際に30分もしないうちに調査員たちがやってきた。



「わぁ、本当に出るんですね」

「……」



 自分たちも同じことを思ったことは棚に上げ、気の抜けた調査員の言葉に、シャロンたちは沈黙を返した。2人の調査員はリエラが灰にした魔物の跡と焼け残った羽などを拾い、シャロンたちから話を聞いて魔物が飛んできた法学などを確かめた。

「そう言えばシャロン。お前、ずいぶん早く魔物に気が付いたよな?」

 ふと、ギルバートが尋ねた。シャロンはこともなげに答えた。

「鳴き声が聞こえましたから。鳴き声と言うか、咆哮? 耳はいいんですよ」

 微笑んでそう言ったが、ギルバートは微妙な表情だ。その理由を問うと、彼は苦笑した。

「いや、俺には透視能力があるんだけど、感覚的に、多角度から『視る』ことができる知覚魔法で……かなり広範囲に能力が及ぶんだけど、お前に先を越されたから驚いたんだ」

「……そんな能力もあるんですね」

 気づかなかったのはギルバートがリエラを構っていたせいのような気もするが、シャロンは無難にそれだけ返した。






 宮殿に戻ると、マリアンヘラと女王エステファニアはおかんむりだった。どうやらマリアンヘラは母親に似ているようだ。ならばリエラは誰に似たのだろうかと思ったが、おそらく、女王の隣で小さくなっている王婿おうせいディオヘネスに似ているらしい。


 母と姉の怒りに触れ、リエラは今にも泣きだしそうになった。魔物をすべて片づけたのはリエラなのだが、マリアンヘラとエステファニアは、何故神器使いのくせに王都まで侵入を許したのか、などとぐちぐち言っている。

 勘違いしてもらっては困るが、神器使いは魔物の討伐が仕事であり、護りを担うのは結界魔法を使える魔術師たちだ。神器の特質によっては、神器使いでも防御を担うらしいが、ここにいるのは全員戦闘系の神器を持つ神器使いだ。

 ギルバートが女王と王女の機嫌を取りなして何とか女王の御前を辞した。シャロンたちはそれぞれ、王宮に部屋を与えられている。リエラは、かつて使っていた部屋を使うかと言われたそうだが、今の自分は神器使いだから、と断ったらしい。何のことはない。リエラは姉の側に近寄りたくなかったのだ。



 客室には大きな鏡が置かれている。シャロンはふとその鏡に近寄り、右の前髪を持ち上げて久しぶりに自分の顔に浮かぶ文字列を見た。

 ユリアーネは、おそらく、この文字列はしばらく消えることはないだろうと言っていた。しばらく、と言うことは、いつかは消えると言うことだ。しかし、いまだにはっきりとその文字列は見て取れる。

 シャロンがため息をついて前髪を元に戻したところに、ノックがあった。シャロンは扉の方に歩いて行き、少々警戒しつつ扉を開いた。



「よう。ちょっと作戦会議と行かないか?」



 そこにはギルバートがいた。作戦会議と言いつつ、その手にはワインのボトルを持っていた。すでに夕食は取ったので、食後酒と言うことだろうか。

 ギルバートとシャロンは途中でリエラを拾い、ラウンジに入った。部屋は好きに使っていいと言われている。ギルバートは早速ボトルを開け、ワインで満たしたグラスをシャロンの方に差し出した。

「飲めるか?」

「ワインは飲んだことがないんだけど」

「そうなのか? まあ、ためしにどうぞ」

「……いただきます」

 少し不安を抱えつつもシャロンはギルバートからグラスを受け取った。赤ワインだった。リエラもグラスを受け取り、乾杯してからグラスに口をつけた。


「あ、思ったより飲みやすいですね」


 シャロンはそう評したが、リエラは「やっぱり苦い」と顔をしかめた。

「じゃあ、サングリアにするか? ほら、果汁ジュース

「準備がいいね、ギル……」

 シャロンは少し呆れつつ言った。彼の面倒見の良さは、この準備の良さからも来ているのではないかと最近思う。ギルバートはリエラのグラスにジュースを入れて、ワインと混ぜた。


「それで、広場で魔獣が襲ってきたときの事なんだが」


 あ、本当に作戦会議もするんだ。シャロンは意外に思ってギルバートを見たが、おいしそうにサングリアを飲んでいたリエラも真剣な表情になったので、顔を引き締めた。


「こんな結界の中まで侵入できるのはおかしい。王都にだって、結界が張ってあるはずなのに」


 リエラの言葉に、そう言えば、と思い出すシャロンである。この大陸の人間が住む場所は結界でおおわれている。その規模は半径二千キロを軽く超えていると言われ、現在の技術で張り直すことは現実的に不可能だと言われているらしい。

 そして、その巨大結界の中には、さらにいくつか結界が存在する。聖都エーレンフェルスを護る結界と、各主要都市部を護る結界だ。基本的に、神殿が存在すれば、弱くとも結界が存在すると言うことになっている。


 そして、このエスピネルはシエルラ王国の王都。当然、結界が張られているに決まっている。二重に結界が張られている場所に、しかも、強力な結界が張られているはずの場所に魔物が侵入してくるのは、素人が考えてもおかしいと思うだろう。


「誰かが、魔物を手引きしてるって考えるのが自然だなぁ」


 ギルバートは軽い口調で言ったが、シャロンもリエラも真剣な表情で考え込んだ。そう。魔物が結界を越えてくる方法を見つけた、と考えるよりも、誰かがわざわざ魔物を招き入れていると考えた方が自然なのだ。

 と、なれば、この王都全体を捜査するしかないが、規模がでかすぎる。それに、宮殿内のことはリエラに任せるしかなくなる。それが不安すぎた。

「でも、魔物を手引きするなんて、できるの?」

 リエラがぽつっと言った。空になったグラスにジュースだけを注ぎ、彼女は便をテーブルに置く。

「今まで、魔物と意思疎通を取れた人はいないと思うんだけど……」

 リエラは首をかしげた。それは、神器使い暦2週間のシャロンにはわからないことだ。そう言えば、リエラはいつから聖協会に属しているのだろうか。

「俺も聞いたことねぇな。こういうことはベルナールさんが詳しいって聞いてるけど。俺も、神器使いになってまだ6年だし」

 ギルバートは外見から察するに、20代前半くらいなので、つまり、シャロンと同じくらいの年から聖協会に属しているということだ。リエラは彼より所属期間が短いらしいので、5年以下。どちらにしろ、シャロンよりは頼りになるだろう。


「とりあえず、本部に連絡入れとくかぁ。ユリアには絶対話が行くだろうし、何か分かれば情報流してくれるだろ」

「うん」

「わかりました」


 リエラとシャロンがうなずく。ギルバートはそんな2人を見て、疲れたような笑みを浮かべた。



「お前ら、世話するほどじゃねぇけど、面倒くさいな」



 余計なお世話だ。







ここまでお読みいただき、ありがとうございます。

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