9、聖協会の濃いメンツ
この章もシャロン視点です。
世の中、何があるかわからないものだ。シャロン・ドリューウェットが助けを求めに来た聖協会に所属することになり、二週間が過ぎた。その間にわかったことはいろいろあるが、まだまだ驚くべき事実があふれ出てくる。
とりあえず、最近知ったのは、『三人の聖者』などは、実力で決まるわけではなく、どの神器に選ばれたかで決まる、と言うことだ。そのため、『三人の聖者』『七人の賢者』『十五人の博士』『三十六人の騎士』の間に、地位の差などはないのだそうだ。
もちろん、実力により多少は差が生まれるものの、基本的に年功序列なのだそうだ。『三人の聖者』がその中でも代表して執務を行っているに過ぎない。
とりあえず、神器使いとしての知識を一通り詰め込まれたシャロンだが、一つ疑問があった。
「どう見ても、この剣は普通の剣なんだけど」
その疑問に、相変わらず一緒にいるリエラが答えた。
「……えっと。神器の力って、戦ってみないとわからないものだから……建物の中で使うには威力が大きすぎるものも多いの。それに、本人の能力に依存する神器もあるし」
リエラは名前を言ったわけではないが、何となく、その『本人の能力に依存する』神器を持っているのは、『三人の聖者』の1人ユリアーネのような気がした。
「ちなみに、リエラの神器はどんな能力なの?」
シャロンはリエラの髪飾りに目を向けながら言った。リエラが首をかしげると、その髪飾りはしゃらり、と音を立てる。簪と言うのだそうだ。
「ええっと……私のは地属性かな。ちょっと城の中で披露できないけど……」
つまり、威力の大きな能力らしい。まあ、リエラはこれでも『七人の賢者』の1人。しかも、聖協会五指には入る実力者なのだそうだ。ただ、少々情緒不安定なところがあり、本部で待機していることが多いらしい。
「リエラ嬢ちゃん。姫さんが呼んでるぞ。シャロンも」
談話室に顔を出した職員の男性にそう言われ、シャロンとリエラは顔を見合わせた。緊急であればアナウンスがかかるはずだ。と言うことは緊急では……ない?
ちなみに、ここでは、リエラは『お嬢ちゃん』、ユリアーネは『姫』と呼ばれているようだ。
とにかく、リエラとシャロンは談話室を出てユリアーネの執務室に向かった。そこには、神器使いが勢ぞろいしていた。
『三人の聖者』のユリアーネとベルナール。『七人の賢者』のミエス。『十五人の博士』のエリゼオ、ジーナ。『三十六人の騎士』のラウールとジェミヤン。どうやら幼い神器使い、ユリアーネとミエスの息子マティアスはいないようだが、現在本部にいる神器使い全員が集まっているようだった。そして、1人だけ知らない女性がいる。
「……キーラさん」
リエラがその女性を見てつぶやいた。キーラと呼ばれた女性はリエラに微笑む。
「リエラ、久しぶりね。それで、そちらが新しい神器使いの方?」
「え、ええ」
シャロンは少々面食らいながらうなずいた。リエラも大概おっとりしているが、彼女もかなりおっとりとした口調で話した。
まず、背丈は普通。神器使いは美形が多いのだが、その通例にもれずかなりの美女。肩のあたりでそろえられた髪は明るい茶髪で、優しげな瞳は薄紫。どことなく影のある美女だ。ユリアーネが簡潔に紹介する。
「キーラ。ランサム王国のシャロン・ドリューウェット。『三十六人の騎士』の1人よ。シャロン、こちらキーラ・エリセーエフ。スィソエフ連合王国出身。『七人の賢者』の1人。仲良くね」
「キーラよ。よろしくね、シャロン」
キーラはおっとりと微笑んで挨拶をした。シャロンもつられて微笑みながら「シャロン・ドリューウェットです」とどもりつつ名乗った。
「はい。自己紹介はいいわね」
ユリアーネは手をぱん、とたたいて笑顔で言った。彼女は集まった一同を見渡した。
「と言うわけで、私はキーラと一緒に北方に行ってくるわ。正確に言うとバトゥーリン自治区ね。2週間くらい、いないから」
バトゥーリン自治区はこの結界内の世界の最北に存在する国、と言うか自治区だ。キーラの出身国であるスィソエフ連合王国の構成国の一つであったが、数十年前に自治を認められるようになった。
昔から魔物が侵入してきやすい土地ではある。スィソエフ連合王国は、自国の領土が荒らされることを嫌い、バトゥーリンの自治を認めた、と言う話もあるくらいだ。
「ユリア。あんたが行かなければならないほどなの? あんたがいなくなるって聞くと、一気に不安になるんだけど」
ジーナが胸の下で手を組んで言った。彼女は豊満な体つきの女性で、肩も胸元も大きく開いたドレスを着ている。蠱惑的な表情を浮かべることの多いジーナだが、今はユリアーネがいなくなると聞いて不安げだ。
「それは行ってみないとわからないけど。私とキーラが一番早く帰ってこられるのよ」
「それはそうだけど」
ジーナはなおも不安げだ。シャロンは聖協会に所属して日が浅く、わからないのだが、ユリアーネはそんなに頼りになる人なのだろうか。おそらく、強い人なのだとは思うが、実際に戦っているところを見たことがあるわけではない。
「こっちにはミエスがいるし、結界が崩れることはないわ。何かがあればエリゼオやリエラもいるからね」
名指しされたリエラがびくっと体を震わせた。あまりプレッシャーをかけない方がいいと思うのだが。
「ユリア。私はみんなが何を不安に思っているかわかる気がするわ」
キーラが自分より少し背の高いユリアーネを見上げて言った。キーラは目を細めて微笑む。
「あなたのお母様も、そう言って魔物の討伐に行って、そして、目覚めなくなったわ……」
ユリアーネがぐっと眉をひそめた。彼女は聖協会で生まれ育った。と言うことは、両親も聖協会にいるはずなのだが、話を聞いたことがなかった。漠然と、死んだのだろう、と考えていたのだが……。
「……私とお母様は違うわ。心配してくれるのはうれしいけど、ここは私の命令を聞いてほしいわね?」
「わかってるわ」
キーラはそう言って微笑んだ。ユリアーネは怪しむような表情になったが、特に何も言わなかった。
「……まあいいわ。とにかく、私はキーラと討伐に行ってくるから、その間、この城のことはよろしくね」
「ええ。任せなさい。思いっきり暴れてきていいよ」
「そんなことを言うと、本気で暴れるからやめてくれ」
ベルナールがにこやかにユリアーネに激励を送ったが、ミエスが冷静にツッコミを入れて止めた。ユリアーネはからからと笑い、「大丈夫よ」とミエスの腕をたたいた。
「じゃあ、あなたたちも。仲良くね。問題が起きたら相談して、協力して解決するのよ」
ユリアーネが年少組、つまり10代のシャロン、リエラ、ラウールに向かって言った。3人ともうなずく。
「じゃあ、1時間後には出るから。いいかしら、キーラ」
「いいわよ。早く行って、片づけて、帰ってきましょう」
「そうねぇ」
ユリアーネとキーラが笑いあった。もしかしたらこの2人、気が合っているのかもしれない。
ユリアーネとキーラが出発してしまうと、城の空気が明らかに重くなった。みんな、ユリアーネがいなくなったことが不安らしい。
「ユリアさんて、慕われているだね」
食事をとりながらリエラとラウールに言うと、2人は顔を見合わせた。
「……どうなんだろ」
「この城で起こる事件の4割がた、あの人のせいだけどな」
「え」
それ、すごい確率だね。シャロンは苦笑いを浮かべた。リエラは食事の手を止めて言った。
「慕われているっていうか、ユリアさんがいると安心感があるの。この人の言うとおりにしていれば、何とかなるって思わせてくれる人。一度だけ、一緒に魔物討伐に行ったことがあるけど、どうにもならないって思っても、あの人は何とかしてくれるんだ」
「……それは、すごいね」
「うん」
リエラはこくりとうなずいた。すごい話だ。これは。
慕われているというより、信頼されていると言った方が正しいか。この人がいれば何とかなると思う。しかし、いなくなると不安。そう言うことか。
「ユリアはオーケストラの指揮者なのよ」
突然かかった声に、シャロンは驚いて隣を見る。リエラとラウールが向かい側に並んで座っているため、シャロンの隣は空いていたのだ。気づけば、ジーナが座っていた。相変わらず露出たっぷりだ。
「ユリアは、ユリア自身が強いわけではないの。彼女は指揮官。相手を分析して、戦術を作るのが仕事。だから、指揮者なのよ。あたくしたちはそんな彼女の楽団の一員ってわけ」
「ユリアさんが強いわけではないんですか」
「そうよぉ。あの子の母親は強かったけどね。母親の方はソロパートを圧倒的な存在感でこなす奏者。娘の方はたくさんいる奏者をまとめる指揮者。彼女の手にかかって、美しい音楽を織り上げるのがあたくしたち」
ジーナはニコリと笑った。リエラは緊張の面持ちながらも、「なんだかわかる気がする」とうなずいた。
「確かに、ユリアは人を操るタイプだな」
「それは人聞きが悪いわね。ユリアは人の能力を引き出す天才なのよ」
ラウールの人聞きの悪い言葉にジーナがツッコミを入れた。
「だからユリアは、いるだけで人に安心感を与えるの。彼女ができると言ったら、必ずできる。できないと言ったらできない。まあ、そう言う能力なんだけどね」
「?」
シャロンは首をかしげたが、ジーナはそれ以上は答えてくれなかった。
シャロンがユリアーネの『能力』を知るのはもう少し後の事である。
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