第3話
「さて10分経ったよ。それじゃあ答えを紙に書いて」
室長の言葉で他の二人もホワイトボードに何やら書き込んでいく。
それぞれの条件を満たす室長の過去の行動は何か。俺の頭で次第にロジックが組みあがって行く。九割方方向性は決まった。あとの一割はフェルミ推定分。概算で出した答えに確実なんてことはあり得ない。
もっとも、この思考ですら「たら」「れば」の応酬で、確実性なんてものは微塵もない。
最後に俺が答えを書き込む。
「じゃあ最初は」
「室長、俺でしょ!」
意気揚々と手を挙げる周防。
「こういうやつって大体外れだよな」
「雰囲気で決めないでください。と言いたいですが、その流れも分からなくもないです」
「君塚まで俺をそんな残念キャラにするな!」
あーやと二人で顔を見合わせ、「だってねー?」と、首をかしげる。
「まぁまずは聞いてみようよ。周防君の答えは?」
「いきなり当てちまいますよ! 答えは『美術室』!」
ホワイトボードを表にして、自信満々に答える。
「理由は、室長が入ってきたとき、ほのかに汗をかいていました」
そこに気づいていたとは、少し見直したぞ?
「つまり何か運動した可能性があります。ただ特別A棟で何か運動することがあるわけじゃないっす。ただ人間が汗をかくのは、何も運動だけじゃない。何かを集中して作成した時などには心拍数的には正常でも、汗をかきますよね? つまり室長は何かを作っていた可能性がある! そして実は俺見てたんですよ」
周防が何やら腕を組み偉そうに笑った。
「今日の昼休みに識也さんは美術の駒田先生と何か話していましたね? つまり放課後に美術室で作業をする何らかの約束事をしていたはず! さらに室長は部屋に入ったとき手を洗いました。作業していたなら当然手は汚れるわけですよ。どうっすか俺の推理!」
出された周防の考えは、思いのほか妥当な線だった。もっと斜め上を飛んでいくイメージだったが、それなりに洞察から推察、因果関係をまとめている。もしかしたら正解かもしれない。そんな錯覚すら覚えさせる。
錯覚。そう、つまりこれは不正解だと俺の直感が告げている。
「なるほどなるほど。面白い線だ! では次はどちらから行こうか?」
「あれ、判定は出さないんですか?」
「全部で揃ってからでもいいだろう? それに君の推論が正しい場合、ほかの二人の推理を聞けないのはもったいないじゃないか」
「そ、そうっすよね! この二人が可哀そうっすもんね!」
なんでこいつはもう当てた気でいるのか。幸せな奴だ。
「では私から行きましょうか」
「別に俺からでもいいんだぞ?」
「いえ、もしあなたの推理を先に聞いてしまい、私がそちらで納得してしまえば、私は自分の考えを公表する気持ちになれないと思います」
生真面目というか、融通が利かないというか。まぁこういう性格なのが、君塚絢音らしいと言えばそうなるだろう。
「ん? それってつまり俺の推理だと納得していないってことか?」
「その通りです周防君。私が思うに、あなたの推理には穴があります」
そう言ってあーやはホワイトボードを表にする。
「私は音楽室だと考えました。といっても可能性の中で、という形にすぎませんが」
周防の考えをバッサリと切る反面、自分の考えに謙虚なのはどうなのだろう。
「今日クラスの吹奏楽部の子から聞きましたが、全館空調の学園の中でも現在音楽室は空調が故障しています。そのため楽器を移動して活動場所を変えなくてはいけないそうです。室長はその手伝いをしたのではないでしょうか?」
あーやの話を聞きながら、先ほどリストアップした依頼を見る。確かに「音楽室のエアコンが壊れた」「楽器を移動したい」という依頼が出されている。
「次に室長はこの部屋で手を洗いました。周防君の言う美術室ならば、そもそも絵の具を洗う用の水道が教室内にあります。わざわざ汚れた手のまま分室に帰ってくる必要もないでしょう」
あーやの言葉に周防が息をのむ。反論としては筋が通っている。
「このことから、何らかの汚れが付着したが、それを洗うことができなかった場所にいた。そして私が知る限りそのもっともらしい理由を作るのだとすれば、音楽室、という結果になりました。いかがでしょうか?」
しっかりと事実のデータ同士を結び付け、補足を推定で補う。詰める手段としては定石そのもので、だからこそ粗もそこまで目立つことがない。「そういうこともあるかもな」という言葉が聞こえてきてもいい論理であることは確かだ。
「自信がないと言いつつ、しっかりと周防君を否定するとは流石だね!」
「いえ、私も手を洗ったことには着目しましたが、なぜ分室で洗う必要があるのかという点に疑問を持ったが故の回答だったので、自然と否定せざるを得なかったという形です。ただ二つ、気になるところがありまして。そこが私自身、回答に納得できていない要素でして」
「気になるところっていうとどこだい?」
「一つ目は、なぜ室長は冷たい飲み物を避けたのか。そして二つ目は、先ほどすれ違ったとき、室長からほのかに何かの香りがしました。どちらも特徴的な点でしたが、その二つの謎を解きほぐすアイデアがなかったので、仕方なく除外しました」
「謎が残っていながらの推理ってそれありか?」
「流石周防先輩。先輩の推理はこの二つの謎もひっくるめてのものだったんですか?」
「あ? いや、うん、まぁ・・・そういうこともあるよな!」
都合のいい奴め。
とはいえ、あーやの推理に改良の余地があるのは確かだ。謎を謎のままにしては推理として成立しない。たとえこじつけでも、何かしらの事実を付け加えなければならないし、これはそう言った推理合戦だ。




