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天才怪盗の社会奉仕  作者: ハルサメ
魅惑のサマーバケーション
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4話

 日曜日の夕方。十八時前のその時間に、駅の周辺は賑わいを見せていた。明日から週の始まり、という陰鬱な雰囲気などは一切なく、寧ろ活力に満ちた、もっと言えば軽い動物園とも言えるほどの盛り上がりがあった。


 夏休み。解放感有り余るこの季節は、嫌でも人を沸き立たせる。あらゆるしがらみを忘れ、ただ衝動的に行動する若者たち。チンパンジーと揶揄されても、文句は無いだろう。


 一対一で繰り広げられるラップ対決。集団で囲いを作って興じるスケボー。自己満足に浸りながら奏でられる演奏。


 それがアホだと吐き捨てるのは簡単だ。何の生産性もない、モラトリアムとでも謳えばそれっぽく聞こえるようなものでしかない。


 だが各々が己の中の何かを表現するべく――本気を覗かせながら――パフォーマンスに酔う。そこに遊びは無い。一瞬の、それこそ何の見返りもいらないその行為は、本人たちにとってはかけがえのない現実なのだ。


 表現。その一点において、天里は彼らを尊敬してさえいるのだが、


「親の金で生きてるくせに文句だけは一人前の連中が、悲しくも身を寄せ合って暑苦しいな。こんなことやる元気があるのならバイトして自分で金稼げ」


「あんたあたしに謝りなさい」


 そんな天里の感想をこの男は早々にぶち壊してきた。


 天里とこの男――結崎流斗は駅の南口に並んで立っていた。天里は変装用に眼鏡をかけ、キャスケットを深く被っている。大袈裟な、とは決して言えない。事実として、天里の知名度は既に地方レベルでは無いのだ。


 そして二人の正面には大きな広場があり、先ほどの人種で溢れかえっている。


「間違った事を言った覚えは無いぞ」


「間違ってないとしても言って良いことと悪いことがあるでしょ!」


 確かに彼らの多くは未成年、行っていたとしても大学くらい。つまり親に養ってもらっている者が大半という現実にも間違いは無い。


「あんたにとっては好ましくないのかもしれないけど、あの人たちにも色々と事情があるのよ。それくらい考慮しなさいよ」


「色々な事情に考慮するつもりは無いが、別に好ましくないわけじゃない。寧ろこういった連中は好きだ」


「暑苦しいんじゃないの?」


「一つ教えてやろう、俺は意外に熱血だぞ?」


「はいはい分かった分かった」


 流斗の言葉をはっきりと聞き流す。こういった言葉にいちいち付き合っていたらとんでもない事になる事は既に学んでいる。相手にするだけ無駄、ある意味で広場でモラトリアム中の少年たちよりも関わりたくない部類である。


 しかしながら、今回の件において最適の人材である事に変わりは無いのだ。


「いい、確認しておくわよ。今日のあんたはあたしのパートナー。いつもみたいな馬鹿はやらないで、絶対に失礼のないように」


「おいおい、俺がいつ馬鹿やってるって? 心外だな」


「今やってるじゃない。調子に乗った発言禁止、相手を煽るのもダメ、喧嘩を売るなんて言語道断。いい、絶対よ」


「寧ろそこまで念を押されると裏切りたくなるな」


「ふざけんじゃないわよ!? それで面倒になるのはあたしなんだから!」


 ああ言えばこう言う。この男と話すといつもこうだ。


 だが今日はいつもとは違う。心理的にまだ負けたとは感じていない。これはある先輩の助言のおかげだ。その人はこのふざけた男の飼い主に当たる人物であり、分室でもペアを組んでいる。正直なところ、こんな男とペアを組むなど正気の沙汰では無いのだが、その人は天里も納得のスーパーウーマンなのだ。


『どうしても彼が言うことを聞かないようでしたら次の言葉を言ってください』


 彼女の助言を思い出しながら、天里は口を開く。


「まさか依頼を受けるプロとして、適当に済ませようとか思ってないわよね?」


 煽るような天里の言葉に流斗は「ほう」と小さく呟いた。


「当然だ、俺を誰だと思ってる」


 流斗の目つきが変わる。と言ってもその奥にどのような感情が潜んでいるのか、それを天里は推し測ることはできなかった。ただ、いつもとは違う反応。ふざけた軽口を叩いているわけではない感情が垣間見えた。


 まるで本物の探偵かのように。


「……じゃあ私の言う事を聞きなさい。今は私が依頼主よ」


「やれやれ、顧客の要望ならしかたないな」


『お前がそこまでお願いするならやってやらんでもないぞ?』というあからさまな上から目線に、目元が痙攣する。


 だがこれでイニシアチブは取れた。


「設定をおさらいするわよ。あんたは私のパートナーで、栄凌高校に通っている。勉強はそこそこ出来て運動は少し苦手。喧嘩なんてもってのほか。明るくて社交性もあり、しっかりと敬語も使えて年上も敬える。今日は芸能人がたくさんいる事に緊張していて、少し硬くなっている。こんなところね」


「それがお前の好みの異性なのか?」


「今日を何事もなく過ごしてほしいだけ。別に私が好きとかじゃない」


 逆に今天里がイメージしている人物は苦手なタイプだ。良い人であることは確かなのだが、はたして自分と合うかと言われるとゆっくりと首を横に振る。自分はかなりガツガツ言ってしまう性質であり、この人はおそらく自分の言葉を受け入れてから話をする印象である。


 それが悪いとは言わない。むしろ自分の話をじっくり聞いてくれるパートナーという存在は、女性にとって好ましいものに違いない。


 だが天里にとっては、無条件で意見を受け入れられることに違和感が拭えない。「え、あんたあたしの話を全部納得できるの?」と問いただしたくなってしまう。


 まったく同じ感想を持つ存在などいない。異性ともなれば考え方はガラッと違う。違う視点から物事を見てくれている存在。偉そうに言えばその人には自我がある。自分の愚痴を聞いてくれるだけの井戸ではなく、自分の意識が他人とどうズレているかを計る尺度として、天里は自分の意見を寧ろ砕いてくれる人が好みである。


 時には議論し喧嘩をすることもあるだろうが、そうした歯ごたえがないとどうにもなよなよした雰囲気を感じてしまう。


 好かれたい努力はする。


 だが嫌われたくないからと言って自分を律する。


 そんな関係は嫌だ。

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