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天才怪盗の社会奉仕  作者: ハルサメ
魅惑のサマーバケーション
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3話

 真夏の日差し。ジメジメした熱気。けたたましく鳴き続ける蝉とグラウンドに響く運動部の掛け声。


 このクソ暑苦しい中でよくやるものだと天里は感心した。いや、寧ろこういうものは暑いからこそ行われることである。


 卵が先か鶏が先か。どちらにしろ、暑苦しいのはどうにかして欲しいものである。


 最新の設備が備わっている栄凌学園の校舎内には、もちろんエアコンが完備されている。最適な環境であらゆる活動が行えるようにとの配慮は、支援を通り越して過保護ともいえるバックアップである。


 五千を越える生徒が属する集団、それだけ聞いてもこの学校が異常である事は想像出来るだろう。曰く高校界のサラブレット養成所、あらゆる業界への登竜門として存在しているとも言われるほど、この学園の影響力は学園外にも及ぶ。


 今グラウンドで大きな声を上げている野球部すら、日本各地から選りすぐられた精鋭たちである。各々の中学でキャプテンを務めたほどの者たちが、下っ端同然の扱いを受け切磋琢磨しあう。


 完全実力主義。過去にどうだったなどに意味はなく、求められるは現在、そして未来。報われるかも分からないその結果をただ追い求める、最高な馬鹿な奴らの集まり。


 その中で……。


 天里は自分の存在がどう言うものかを再確認する。


 元々演劇に興味があった。小学生の時からドラマにはまり、自分もいつか出てみたいと思っていた。高校には演劇で有名なところに進学しようと思っていた。そういうものを専門的に行う学校もありはしたが、どうにも堅苦しい感じがして肌に合わなかった。


 そして中学三年の春。いざ受験生となったその時に晴天の霹靂が起きた。昨年の文化祭で披露した演劇を見た観客の中に芸能界に通じている人がおり、天里を芸能界へとスカウトしたのだ。


 そこからは激動の一年だった。両親からは下手な詐欺師に引っかかっていると疑われ、通っていた中学校からも芸能界に進出する事を戸惑われた。


 ただ、文化祭で一緒に演じてくれた友人たちが背中を押してくれた。彼らのおかげで自分は今ここにいる。この地に立っている。


 水林の安全なセキュリティーを施されたマンション、そして業界人の広い受け皿になり高校卒業までの安定した制度が設けられている栄凌学園への入学。それらを材料にすることで、天里は両親を説得した。


 まぁそこに関しては少し予想外のことも起きたのだが、上京したこと自体に後悔は無い。地元でも十分楽しく暮らせていたとは思うが、今ここで得られるほどのクオリティでない事は明らかだろう。


 辛い時はある。逃げたくなる時もある。


 だけど自分の決めた道、自分がやると決めた道。

 

 それを曲げる事は私の矜持に反する。

 

 とは言え、背に腹は変えられないこともある。一人では解決できない問題は必ずある。それをどうするか。考えに考え、考え抜いた末に……天里は最初に思い浮かんだ案を苛立ちながら採用するしかなかった。


 つまり、あの憎たらしい輩に協力を仰ぐことである。あらゆる方面から判断し、安全かつ安定して問題を解決できる人材は誰かと聞かれれば、悔しいが奴以外考えられない。


 不安要素を挙げたらキリが無い。だが一番こういった厄介ごとだからこそ、頼みやすい立場にいるのもあの男なのである。


 だからこそ天里は貴重な午前の休みを使い学園を訪れているのだ。


 本館から通じる連絡橋を渡り、特別棟に移る。角を曲がろうとした時、


「覚えてやがれよ、コノヤロウッ!」


 三下のチンピラまがいの捨て台詞を吐きながら急に飛び出してきた人物に、身を竦める。


「おっとすまん!」


 ツンツン頭で長身の青年はぶつかりそうなところを危なげなく体を捻って回避。そのまま片手を拝むように構え、謝罪を口にして去っていった。


 走り去る背中を見ながら、天里はびっくりして速くなった鼓動を落ち着かせた。確か今の人もあの組織の一員だ。確か二年の先輩で、新聞部に双子の妹がいた人だったはず。


 そして、いつもあいつにからかわれている姿を良く見かける。いや寧ろ今の状況、絶対に何かあったのだろう。


 なんだろう、物凄く行くのが嫌になってきた。率直に言うと、絶対この状況で突入すれば、自分は開幕一発目から煽られるような気がしてならない。あの生きた人間挑発器は息を吐くように人を馬鹿にするのだ。


 分かっていながら律儀に反応してしまう自分も自分だ。もしこれが他の人物ならおそらく鼻で笑って過ごせるだろう。だが何故かあの男はそうはいかない。天然ではなく全てを狙ってやっているあの無駄な知略は嫌でも突っ込んでしまう。


 今日も自分は弄ばれるのか。いやそんなことは無い! そう意気込んで粉砕されたのは、もう数えるのも面倒だった。


 腹をくくれ西城天里、自分が決めたことだろう。


 扉の前に立ち、一度深呼吸をする。


『学芸特殊分室』


 一体自分はこれから先、どれだけこの名前を目にするのだろうか。


 入り方は決まっている。こんな背中の曲がった姿ではなく、いつも通り堂々と。自信に満ちた姿を見せ付けてやる。


 ノックを三回、ドアノブを回す。


「ちょっと邪魔するわよッ!」


 開けたドアの先、まさに事務所といえる配置のデスクの奥に重厚な執務机が鎮座している。

 

 その手前、男子生徒がオフィスチェアーの背もたれに前かがみで寄りかかっていた。無頓着に伸びた髪、覇気の感じられない眼差し、怠惰の権化とも言える風貌の男子生徒は、ゆっくりと顔を動かす。


 気だるそうなその両目、しかし天里はそれにいつも恐怖を感じている。


 その目は見ているのではなく、視ている。視られている。西城天里という存在をあらゆる観点から視ている。


 表面的なものではなく、奥底に眠る心理さえも見透かされていそうな。


 男子生徒は天里を認め、「あぁ」と呟いてから欠伸交じりに口を開いた。


 天里は後ずさりしそうな恐怖を必死に押さえ込み、



「邪魔だって分かってんなら帰れ」


「今のはただの挨拶でしょうがッ!」


 殴りかかる勢いで怒りを爆発させた。


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