2話
「ほんと最近暑くて困っちゃうわ。あぁあんた、灰皿」
椅子に座ったSAYURIは近くにいた別のモデルに命令したあと、タバコを咥えた。命令されたモデルは従者のように素早く灰皿を差し出す。
「火は? 無いの? チッ、マジ使えない、そのくらい用意しときなさいよ」
辛辣な言葉に、モデルは萎縮する。職業柄、タバコを吸う人は滅多にいない。だが、それでもSAYURIのためにライターを持参している者たちいることも確かだ。SAYURIは自分のバッグからライターを取り出し、タバコに火をつけた。
「今月は天里さんが表紙なのね~。ほんと、最近いろいろな方面から仕事が舞い込んでいるみたいで、忙しそうね。学校とか大丈夫なの? 卒業できなかったら大変ねー、最終学歴中卒とか笑えないわ」
SAYURIの言葉が、天里のフィルター越しには次のように聞こえた。
『私を差し置いてネオンの表紙ですって? 最近仕事が多いみたいで、少し調子に乗っているんじゃないの? 大人しく学校で勉強でもしてなさいよ』
多分間違ってはいないだろうと思う。SAYURIのモデル仲間に対する扱いには差別とも言える格差が存在する。単純に自分に賛同する者を好み、気に食わないと目をつけた者には隠すことない悪意を見せるのだ。
実際にSAYURIの嫌がらせによってこの業界を去った者は少なくない。結局SAYURIのお仲間が業界に生き残り、よりSAYURIの影響力が増すという悪循環が出来上がった。挨拶一つと言っても、それを怠ったために悲惨な目に遭った者もいる。
周囲をこき使い我が物顔でタバコをふかしているこの姿は、雑誌やテレビの中ではファッションリーダーとして輝いているSAYURIとは似ても似つかない存在である。かつてこの光景を週刊誌が記事にしようとしたところ、編集長がクビを切られたという噂もある。
「おかげさまで順調に仕事をさせていただいています」
だがここでSAYURIの悪態に反抗するほど天里は馬鹿ではない。長いものには巻かれろ、というのは自分の性にはあわないが、それでも今現在は大人しくしているべきであることを天里は分かっている。
「SAYURIちゃんは売れっ子だからね~。今月も特集組まれてるんでしょ?」
「あたりまえでしょそんなの。これからは立ち上げたブランドを海外で広めるのもあるし、まぁ自分のブランドを自分で着るよりは~確かにより多くの人に着てもらった方がいいんだけどねー。西城さんもそう思うでしょ?」
「はい、今回は大変勉強になりました」
最初に表紙にケチをつけて来たのはそっちだろうに。口には出さないが、何はともあれ民恵のヨイショ(本人はそのつもりは無いだろうが)も加わってSAYURIの機嫌を損ねる事態は避けることが出来た。
「それで西城さん。ちょっと聞きたいんだけどー、今度の日曜日って空いてる?」
が、まだ話は終わっていないようだった。日曜日は確かに空いている。というのも元々は仕事が入っていたが先方の手違いで予定がずれ込んでしまい、予期せぬ休暇となったのだ。ただの偶然か、とは思わない。あらかじめこちらのスケジュールを把握し、知った上で白々しく聞いているのだ。
「友人を集めてパーティーを開くんだけどー、ぜひ西城さんにも来てもらいのよー」
やめてくれよ。
「私なんかがお邪魔してもよろしいのでしょうか?」
「やだーもー西城さんも“友達”じゃなーい! 逆に呼ばないとかありえなーい」
嘘つけコノヤロウ。というかその無意味に語尾を延ばすな。
「え、まさか来てくれるよね?」
「私からも誘おうと思ってたのよ。天里ちゃんが来てくれるなら嬉しいわ」
だが民恵にそう言われればもう断るわけにもいかない。
「……それでは参加させていただきます」
「あ・り・が・とー! 彰人、西城さんも参加で」
「了解しました」
そこでSAYURIの後ろに控えていた人物が手帳を取り出す。SAYURIのマネージャーをしている織田彰人である。一九〇に及ぶ長身に、欧米風の彫りの深い顔立ち。かつてモデルをやっていた経歴を持つ優男である。
「そうそう! あとあと、パーティーには、もう一人男性のパートナーを誘ってきてちょーだいね!」
は?
「男性のパートナー……ですか?」
「そうなのー、参加者は皆パートナーを連れてくることになっているのよ!」
なんだそれは。くだらないと思いながら、天里はSAYURIの付き合っている人物を思い出した。SAYURIと同じく芸能人を親に持つ人物で、確かボクシングの世界王者だったはずだ。天里は会った事は無いが、非常に荒々しい人物だと聞いている。
なるほど、SAYURIは彼氏自慢がしたいのか。
「民恵さんは?」
「私は悠君と一緒に行こうと思ってるの~」
悠君とは、よく民恵の話に出てくる人物である。ただ正式に付き合っていると言う訳では無いらしい。この場で誘うというのはほぼそう見られても仕方ないのだが、民恵がそれに気付いているかは分からない。
「西城さんほどの人ならば、呼べる男性の一人や二人はいるよねー」
「え、えぇ……そう……です……ねぇ」
あぁこれはマズイ。
「西城さんがどんな人連れてくるのか楽しみだわ。それじゃ今度の日曜日、迎えを寄越すから駅で待っててよねー」
「はい……楽しみに……待っています」
天里は今年の夏が最悪の夏休みであることを覚悟した。




