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天才怪盗の社会奉仕  作者: ハルサメ
ミネルヴァの梟、仕掛ける
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81話

「そんな茶番に……俺は騙されていたというのか……」


 話が終わった時、支倉からは先ほどまでの毒気がすっかり抜けきっていた。騙された事は紛れもない事実。今更そのネタ晴らしをされても、既に支倉に逆転の目は限りなく薄い。


「じゃあ集会の前日。分室でお前たちがしていた会話も……」


「もちろんあれも芝居だ。盗聴器が分室の事務室にあるのは分かってたし、聞かれちゃ困る話は、応接室でするんだよ。ま、あんたらを騙す目的もあったが、これにはもう一つ重要なものがあった。希望的観測ではあったけどな」


「希望的観測……だと?」


「絶対なんて物は、存在しない」


 支倉の問いに答えたのは、今まで口を開かなかったあーやだった。


「この二人が『絶対』という断定を、好んでいない事は知っていました。それを使ったという事は、あの会話は殆ど意味が逆になってしまうということです」


 あの時のあーやが噂を流したという断定は嘘。あーやとギルドが手を結んでいると言ったのも嘘。そして会話が絶対に聞かれていないとたかを括ったのも、全部嘘だ。


「何故それを言わなかった!」


「判断できなかったからです。流してもない噂が学園中に流れ、それを私が流したと決め付け、しかしそれが全て嘘であるとあからさまな芝居をしているこの二人の意図が。ですが、それは集会の際に分かりました。『あえて不利な情報を流すのには理由がある』。つまり結崎君は何かを仕掛けている。だから私は柔道部に接触しました。ここまで大きく動いていて、無関係のはずが無いと」


「そうなると思って、俺は柔道部の連中に伝言を頼んでいた。『君塚絢音が尋ねてきたら、俺がやろうとしている事を全部話してくれ』ってな。ここでの全部ってのは、最初のドッキリまでのことな。まぁその後、俺を騙す計画も室長経由で伝えさせた」


 あーやが思い通りに動いてくれるか。そして俺たちがやろうとしている全てを知り、その情報をどうするのか。その情報がギルドに伝われば、計画の効力は半減する。


 だが、あーやが味方につけばその影響力は倍以上に膨らむ。


 これは俺にはどうしようもない。あーやの決断に任せるしかない領域だった。


「ふざけるな君塚……お前、そいつに復讐したいんじゃなかったのか? 犯罪者が許せないんじゃないのか!?」


「そうですね。確かに今でも隣にいられるだけで、不快な思いが湧きあがってきます」


「なら何故だッ!?」


 そう問い詰める支倉に、


「何故……でしょう。私にも、よく分かりません」


 あーやは目を閉じて静かに答えた。


「確かに私は結崎君が許せません。ですが私はその結崎君の正体を広め、陥れようなどとは思っていませんでした。あの時の私には、何かをする気力も、思考も働きませんでした。そんな矢先、噂を私が流したという状況が出来上がり、あなた方が接触してきた。そしてあの会話を聞き、私は結崎君が何かを企んでいると疑いを持ちました。それが何かを探り、そして結崎君の企みを全て知った私は、『やっぱりそうなのか』と思いました」


「何がやっぱりだ! 意味が分からんぞ!」


「考えてもみてください。この企みはある意味で、学園の生徒の協力がなければ成り立ちません。『結崎君だから仕方がないか』今回の件はその一言につきます。そしてその言葉は西城さんの言葉通り、『彼に助けられた人が大勢いる』ことに他なりません。それほどまで結崎君は学園中から親しまれ、認められていたのです。そして私の行動までも予測していました。それは私が思考を止めずに、物事を見極める事が出来ると信じていたからこそです。そう考えた時、私にはもう結崎君の行動を止める意欲が湧きませんでした」


「結崎が親しまれただと? 認めただと? そんなものまやかしだ! こいつは本物の犯罪者だぞ! その感情自体だまされていると思わないのか!?」


「私が認めたのはグラウクスではなく、結崎流斗という一人の人間だということです」


 熱く語ったあーやだが、その視線は一度も俺に向けられなかった。おそらく、まだ俺をどのように扱えばいいか、心の中で判断できていないのだろう。


『絢音ちゃんにはそれを知ってもらう必要があった。だからグラウクスだと隠してあなたと接触させた。結崎流斗という人間を理解してもらいたかったの』


 だが母さん。あんたの気持ちは、ちゃんとあーやに届いていたみたいだぞ。


「全部嘘だったって? 仕組まれていたって?」


 わなわなと体を震わせ、支倉は枯れた声を出す。ついさっきまで、支倉は絶頂の真っただ中にいただろう。俺という不穏分子を駆逐し、分室の信頼を失墜させたことで有頂天になっていたはずだ。


 だからこそ、そこからの堕落は度し難いほどの痛みを生む。傷口に塩水を浴び、日光と強風に当たっているでは済まされない激痛が、精神をおぞましいほどに蝕んでいく。自分で仕掛けておきながら、悪魔のような所業だと身震いせざるを得ない。


 これが俺たちの仕組んだ、支倉に対する報復すら許さない最後で最悪の贈り物だ。


「学生が協力するかも分からない、君塚が気付くかも分からない。そんな綱渡りを、全て渡ったと言うのか!? そんな穴だらけの作戦に、騙されたというのか!?」


「確かにそうだ。学生がちゃんと黙っていてくれるか分からないし、あーやが今まで俺の教えてきた事をちゃんと思い出せるか、そしてこちら側に寝返ってくれるかは本当に綱渡りだった。でもな、そのどちらもダメだったとしても、俺たちにはあんたらに致命傷を負わせることが出来た。今言った二つは、あったら最高なスパイスってわけだ」


「まだ……まだ……何かあるというのか?」


「そう。そもそもこれがなくちゃ始められなかったし、学生とあーやの協力を促すことにも尽力し、この計画を陰で調整してくれていた存在。紹介しよう」


 そこで、俺は入り口の扉に手を向けた。

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