74話
この話を聞いて、俺は久しく感じなかった憤りを感じた。
「それはつまりあれってことか? 捻じ曲がった人格に成長しちまった俺を、可哀想って同情でオブラートに包もうってわけか?」
《そうね。そう取られても仕方ないわ》
「あんたな!」
《でもそれ以上に、これは私の自己満足なの》
自己満足?
《私があの人の勝手にさせてしまったばかりに、生まれたばかりのあなたは連れて行かれた。その時、私は母親としての責任を果たせなかった。だからせめてこの年齢の間だけは、しっかりと学生として生活して欲しかった。そうやって、私はあなたに母親として責任を果たした気になりたかったのよ》
電話越しでも、あのキャリアウーマンを地で行く母親が、苦しみながら話しているのが分かった。
《ごめんなさい。私のわがままで、今のあなたが苦しい状況にいる。だから流斗、もういいわ。あなたの能力ならもう十分に――》
「ふざけるなよ」
《流斗?》
たった一言。だがこの言葉に、今の俺の感情が凝縮されていた。
「あんたのわがままで俺が苦しんでいる? 笑わせるな」
自分の中で看過できないもの、止められない感情が暴れ出す。
「俺がこの状況にいるのは、俺が行動した結果だ。俺の意思だ。それがあんたに決定されたなんて、ふざけるなよ。確かに俺は生まれた時に親父に連れ去られた。そこに俺の意思はない。施設で死ぬような思いをして生き延びたのも、強いられてやったことだ。だがな、今ここであんたと話して、あんたにむかついてるのは俺の意思だ。洗脳だとかイカレているとか言い出すんだろうが、何を言われようが俺の意思だ。あんたの行動は、その俺の意思をまるで考えていない」
続きの言葉を、俺は一瞬躊躇った。
「今のあんたに、母親を名乗る資格は無い」
一方的に電話を切り、携帯をポケットに突っ込んだ。久しぶりに感情を爆発させてしまったためか、火照った体にはずぶ濡れの状況が少し心地よかった。
母親の責任。そんなもの、最初からありはしない。そもそも俺は志保という異例を組織に隠すために、親父が早々に連れ去った欠陥品なのだ。
結崎の家の男児には、代々嘘を見破る力が受け継がれていく。そしてその力をより強固なものにするために、優れた相手と子供を作り、その子供が十分な社交性を身につけた十八の年齢で、先代から手ほどきを受ける。
だがこの代で、男児である俺に受け継がれるはずの力が、志保に受け継がれてしまった。親父はその異例を隠し、俺を組織内で育てることで後天的な力を備えさせた。
確かに母親、産みの親の責任は決して小さくは無い。
だがこれは結崎の問題である。そして母親は家族にはなれても、血統という意味で一族の人間にはなれない。
そこに、あの母親が負うべき責任は存在しない。負うことさえできない。
『抱く女は一人だけにしろ。優れたとかそんなもの気にするな。でもな、結局この家系は優れた女を好きになっちまうんだよ。そして代々、俺たちはその女を泣かせてきた』
そして親父もまた、ある一面では被害者なのだ。結崎という、世界の裏側で脅威を持つ伝説の諜報員を生み出す血筋。そこに生まれた瞬間から、既に救いは存在しない。




