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天才怪盗の社会奉仕  作者: ハルサメ
ミネルヴァの梟、堕ちる
72/131

72話

「今日はどうするの? 真っ直ぐ帰るの?」

「真っ直ぐ帰ってほしそうだな」

「家で大人しくしていれば私も余計な仕事をしなくて済むから」

「俺との会話は楽しいんじゃなかったのか?」

「会話になると言っただけで、楽しいとは言ってない。ドッジボールを望んでるわけじゃないけど、キャッチボールも望んでない。まぁ君の場合はフリスビーっぽいけど」

「どういう意味だ?」

「会話がどこに飛んでいくか分からないって事」

「はぁ」

「何より厄介なのはそれがわざとってところ」

「へぇ」

「おかげでこっちは会話のペースが握れない」

「ほう」

「気づいた時には、もうあなたのおふざけにつき合わされて……」

「ふぅん」

「…………」

「なるほどなぁ…………ん? あぁ終わったのか」

「殴っていい?」

「避けていいならどうぞ」

「…………」

「殴り返す方がよかったか? それとも優しく抱擁がお好み?」

「君ね、自分が置かれている状況分かってるの?」

「学校中の苛められっ子だろ? わざわざ確認するものでもない」

「なら、どうしてそんなに冷静なの? いくらなんでも、君は変わらなさ過ぎる」

「変わって欲しいのか? 迫害される恐怖で、ビクビク生きる姿を御所望か?」

「少なくとも今よりはマシ、普通の姿だよ。今の君は、どう見ても異常だよ」

「はぁ……分かってない。分かってないなあんた」

「何を?」

「俺のそんな姿が見たいってあんたらが思っている限り、俺はそんな姿を晒さねえよ」

「え?」

「そもそも、普通? まとも? まだそんな枠で俺を認識していたのか? とんだ甘ちゃんだなあんた。あんたがそれなら飼い主の方も器が知れるな」

「な、遼一様を侮辱するな!」

「学生程度の中で御山の大将気取ってるんだから、間違っちゃいないだろ? 所詮は学生をたきつけ、俺を迫害した程度で愉悦に浸っておめでたい頭してるんだろ?」

「君、忘れてない? これ全部記録されてるんだよ?」

「何言ってやがる、最初から俺はそのつもりで喋ってるんだぞ。おい支倉、聞いてるか? お前に一つ言っておきたいことがある。お前には******」




「成美、この部分はどうした?」


 流斗と成美の下校時の録音が途切れ、支倉が怪訝な顔をする。


「申し訳ありません。あまりにも看過できずに……」


 成美は伏せ目がちに答える。音声が途切れたのは十五秒ほど、その間に言いたい事を言い切ったのか、それ以降の流斗の言葉の熱は大分下がっていた。


「まぁいい、負け犬の遠吠えを聞いてやる義理もないしな。それにしても流石はグラウクスというべきか、あれだけの事をされておきながらよく平然と生活が出来るものだ。僕ならとても耐え切れない。そう思わないか?」


 大袈裟に体を抱く仕草を見せた遼一は、対面に座る絢音に問いかける。


「それが出来るから、と言った方が正しいとは思います」


「なるほど、確かにそうだ。やつは最初から組織の中で育っているらしいから、ネジが何本か飛んでいても不思議じゃない。いやぁ怖い話だ」


 肩をすくめる遼一は上機嫌そのもの、流斗の言葉通り愉悦に浸っている。これはグラウクスである流斗を嵌めたこともそうだが、何より識也を陥れたことが大きな要因だった。


 支倉真一の子供として公に認知されているのは遼一であり、識也は一族の人間しか知る者はいない。所謂妾の子供であり、既に将来を有望視されていた真一としては表沙汰にできない存在だった。


 しかし、父親である真一は同い年である二人を対等に、競い合わせながら育てていた。


 それが遼一には気に入らなかった。名を受け継ぐ、その地位を受け継ぐのは自分のはずなのに、何故隠し子の識也と同じ扱いを受けるのか。疑問に思って仕方がなかった。


 その慢心が災いしたのか、小学生の頃、遼一は一度識也に負けたことがある。何の変哲もないただの学校のテスト。ケアレスミスでいつも満点を逃していた識也より、更に低い点数を取ってしまった遼一は、一族の大人から激しい叱責を受けた。


 そこで遼一は初めて、この競い合いの意味を知った。勝って当たり前。勝者として、常に上に立つ者としての気概を養わせる儀式。つまり識也は対等に育てられたのではなく、自分の踏み台として育てられたのだった。


 その仕組みを理解した遼一は、文字通り識也の一歩先を進み続けた。自分をより高みに導くために用意された装置、影宮識也をそう認識した。


 だからこそ遼一がギルドに、識也が分室に入った時、遼一は分室を解体する事を己の最後の試練とした。それを成し遂げた時、自分は本当の強者になれると信じていた。


 そして今。分室は力を失い、識也を失墜した。災いを生む癌を自ら招きいれたのは識也であり、それを御せると思ったのは過信以外の何ものでもない。誰もが自分のように物分りがいいわけでは無い。そういったツキが識也にはなかった。


 やってしまえばあっけない幕切れではあったが、識也程度に手こずるものでもないと改めて思い直す程度には、手応えを感じる展開ではあった。


 終業式までのあと数日、遼一にとっては高笑いが止まらなかった。

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