70話
「憎きギルドと思って話したくない? そんな事言っても、私は元々こっち側なんだよ」
「そうとは知らずに付き合っていた自分が、滑稽に思えただけです」
「酷い言い草だね。私としては、まだ君塚さんを友達だと思っているんだけどさ」
「この期に及んで何を――」
「そういうところが潔癖すぎるんだよ、君塚さんは。世の中、身が真っ白な人間なんてそうそういない。もっと言えば、基から黒に染まっている人間だってたくさんいる。その印象だけで区別し、付き合い方をコロコロ変えるなんて私には無理だね。疲れるよ」
柔軟性が足りない。それはここ最近にも指摘されたことがあった。
「人類みな善、理想ではあるけどそんな簡単じゃない。他人なんて、それこそ親であっても、今まで何をしてきて腹の底では何を考えているかなんて分からないでしょ?」
父親と志織。どちらも尊敬する人物でありながら、グラウクスである流斗を学校に野放しにした事実は、絢音の中での評価に小さくない揺らぎが生じている。何か意図があってのことなのか。もしそうだとしても、今の絢音にはそれが何か掴みきれていない。
「それが自分の思ったとおりの人じゃなかったーって言って、すぐ嫌いになるのは大人気ないと思わない?」
「それでは、彼を含めた全てを許容すればよかったということですか?」
成美が言いたいのは、自分はギルドの人間ではあるが、かつて親しくしていた友人、周防成美でもある。そして絢音が分室の一員でなくなった今、たとえギルドの人間だとしても、そこには目を瞑って仲良くしよう、ということだ。
言いたい事は分からなくもない。当然生きていれば正しいことばかりではないし、政治家や警察、教師までもが犯罪に手を染めていることもありえる世の中だ。そればかりか、正義感が強すぎる事は返って反感を買うことすらもある。
だがその全てを認めることも、できるはずが無い。
「あぁいや……そうだね。許せないものは存在するよ。でも今の君塚さんは周り全てを敵と思っていて、見ているこっちも息が詰まっちゃう。要は許容の範囲、世間話くらいはもっと気楽にしようってことだよ」
確かに今の絢音は息が詰まりそうな重圧に襲われている。自分が無意識に作っている警戒、それが自分を追い詰めているのは理解している。
「では、あなたがギルドを抜けるというなら考えておきます」
だからと言って、鵜呑みにするほど納得した訳ではない。
「それは絶対に無理。私がギルドを、遼一様を裏切るなんて絶対にありえない」
「なら、そういうことです」
その言葉だけで十分だった。
それから成美は一言も会話をしようとしなかった。ギルドを、遼一を話題に出されそれこそ冗談の許容を超えたのか、二人は無言のままで武道館にたどり着いた。
通常の学校が保有する体育館と同等の広さを持つ武道館では、部員が二百名を越す柔道部員が稽古に励んでいる。悪評で名高いが、団体と個人で既にインターハイを決めている強豪だけに、その雰囲気は真剣そのものだった。
目当ての人物は直ぐに見つかった。柔道部部長、インターハイ個人三連覇がかかっている超人、檜山主将は胴着姿で正面奥に仁王立ちしていた。身長は百七十前半と平均的だが、厚い一枚の壁を思わせる巌のような体格は、五十メートルほどの距離があっても一際その存在感を際立たせていた。
二人が制服姿だったためか、檜山も直ぐに気付き近づいてきた。
「待っていたぞ周防妹。それと……君塚か」
話し合いには成美だけだと思っていたのか、檜山は少し驚いた顔をした。
「お久しぶりです檜山部長」
「何の用だ、という前置きはわざとらしいか。お前はもう分室の人間じゃなくなったんだからな」
「そちらは……随分と御活躍されているそうで何よりです」
「いやいや、お前ほどじゃないさ」
インターハイ出場とかけた皮肉を、巧みに皮肉で返された。
絢音が分室を抜けた事は、早い段階で一般生徒の間に広まった。時期的にも流斗の噂と重なっているため、「仲たがいをした絢音が腹いせに噂を流した」と推測する者も多い。そこから派生して、「君塚絢音はギルドに加入した」という噂も出回っているほどだ。
「ちょうど休憩を挟もうと思ったところだ。場所は奥の倉庫に移そう」
そこで檜山はあからさまに口の端を吊り上げ、
「あまり人に聞かせるような話題でもないからな」
面白そうに笑みを零した。




