69話
「柔道部の方が、ですか?」
あの集会の三日後、絢音は放課後に支倉から呼び出しを受けていた。場所はギルドの本部、初めに呼び出されたのと同じ場所だった。そこで支倉から、柔道部がギルドに対して流斗を排除するための援助を依頼してきた事を知った。
「そう、どうやらやつらも結崎に思うところがあるらしく、独自に動いていた事は君も知っているだろう。動機については君には心当たりがあるんじゃないか?」
流斗と柔道部。心当たりどころか、その場を収めたのは他でもない絢音自身だ。
柔道部の悪態は耳に入っていたが、よりにもよってそれを諌めたのは、同等以上の悪態が目に付く流斗だった。流斗得意の息を吐くような挑発に柔道部が激高し、返り討ちに遭った場面は絢音も目の前で見て、そしてやりすぎであると流斗を叱責した。
その後柔道部が大人しくなったと話は聞くが、元々気性の荒さが目立った集団のため、報復を企てていても不思議ではない。事実、集会の後に柔道部が先駆けとなり、流斗の迫害が始まったのだ。
「それで、その話を私にしてどうするのですか?」
「ただの情報共有だよ。君が未だに僕たちを警戒しているようだから、信頼を築こうとするのは当然じゃないか」
絢音本人はギルドの仲間になったつもりはない。だがギルドからしたら、そして傍から見たら、絢音はもうギルドの一員も同然だった。
「それで、柔道部の要求はどのようなものなのですか?」
「詳しい話はこれからだが簡単に言えば汚れ仕事だ、文字通りの意味でな。子供のイジメも真っ青の仕打ちをやらかそうとしているらしいぞ」
現時点でもそうとうきつい事をやっているのは絢音も知っていたが、どうやら柔道部の遺恨は想像以上に深いらしい。
「他には教員の不干渉。大半がギルドの息がかかっているから、これも可能だ」
集会の時点で、教員がこの件に仲裁に入らないのは明らかだ。元々ギルド関連を分室に丸投げしていた者たちだから、それも当然と言えるのがなんとも情けない。
来週末には夏休みに突入するため、多くがその前になんとしても成果を上げようと躍起になっている。支倉自身、この夏でアメリカに留学することが決まっている。そういった事情を踏まえ、力を惜しむことは無いだろう。
徐々に、そして確実に、流斗が破滅に追いやられていく。
「その話し合いに私も同席してよろしいですか?」
「へぇ、俺たちとしては君と協力することは願ったりだが、一体どういう心境だ?」
これまで絢音はギルドに対して協調的な態度を示してこなかった。だからこそ、進んで関わりを持とうとしている事を友好的に感じながら、支倉自身が絢音を警戒している。
「何かをやるのなら、直接話を聞きたいと思っただけです。伝聞だけでは満足も納得もするつもりもありません」
「なるほど、いいだろう。これから成美を向かわせようと思っていたところだから、それに同席すればいい。いいな成美」
「はい遼一様」
従者の様に支倉の後ろに控えていた成美がすぐさま返事をする。その使用人然とした姿は、絢音の知っている友人である成美ではなかった。
部屋を出た二人は、そのまま柔道部が活動する武道館を目指した。肩を並べて歩く二人の間に会話はない。絢音は意図して成美を見ることなく、真っ直ぐ正面を見据えていた。
「それ、疲れない?」
しばらく進んでいると、成美がふと問いかけた。
「それ、とは?」
「その如何にも不機嫌ですっていうオーラ。仕方ないにしても、ずっとそんな顔して疲れないの? それじゃなくてもここ最近大変なのに」
「あなたこそ、彼の監視はしなくていいのですか?」
集会以降、成美は流斗の監視を任されている。相手はあのグラウクス、本物の犯罪者であるからこそ、その行動は全て把握しなければならない。裏でコソコソと動かれ、報復に出られては目も当てられない。
「彼なら職員室で拘束中だよ。校内ならギルドだけでなく、いろんな人も目もあるからね。特に今の彼は注目を集めやすいし。って、私の質問の答えは?」
成美の態度はいつもと変わらなかった。分室の敵であるギルドの人間であると公言して、絢音を裏切っていたにも拘らず、以前と変わらない対応だった。
絢音にはそれが理解できなかった。支倉の側近でギルドの人間であると知った時点で、絢音にとって成美は今までどおりの友人ではなくなった。味方ではない何か。抱く印象と対応の仕方は、ガラッと変わった。




