64話
《いいね、ここが正念場だ》
スピーカーから出る音を、絢音はただじっと聞いていた。
「どうかな? 驚いた?」
その正面では栄凌高校の制服を着た、ロンゲの優男が座っていた。自信に満ちた薄ら笑いを浮かべ、じっとりと絢音を見ている。この男こそ現在のギルドの長、そして影宮識也の腹違いの兄である、支倉遼一である。
「つい先日までいた場所が、敵対組織に盗聴されていた。そりゃ驚くか」
「そうですね。ですが私としては、未だにそちらの方の方が驚きです」
絢音はまるで従者のように支倉の傍に立つ、女子生徒に目を向けた。周防成美、新聞部所属の、絢音の友人である。
孤児だったところオリュンポスに才能を認められ、一通りの訓練を受けたその道のプロ。双子でも兄の雅紀は才能を見限られ、成美が裏で行っていた事は全く知らないと言う。
逆に雅紀が分室で得た情報を、何も知らずに成美へと世間話程度で話してしまう。そのようにして、自覚しないスパイと言うものが完成してしまったのだ。先ほどまで流れていた分室の音声も、成美が雅紀に贈った盗聴器入りのテーブルライトが音を拾っていた。
分室は既にギルドによって監視されていたということだ。
「ギルドが知らないとたかを括っている。これほど面白い事は無いね」
先ほどの盗聴器からの音声を聞き、支倉が笑みを零す。
「それで、私をいったいどうするつもりですか?」
今日の昼休みになって、絢音は成美に誘われてギルドの本拠地へとたどり着いた。そしてついて早々、この現状をつきつけられた。
「そう警戒しないでくれ。僕らはもう同志じゃないか」
「ふざけないでください。私は――」
「君がどうであろうと、彼らはもう君が僕たちの仲間だと決め付けている。それとも、これから分室へと行って、ここでの事を彼らに伝えるかい? あのグラウクスに対して」
「――ッ!」
声を上げそうになるところを、絢音は必死に堪えた。
「確かにまだ君は僕たちと協力していない。僕が結崎君の事を知ったのは、噂が広まってからだ。あぁ親父のやつ、また識也が劣勢だからっていらないことをしやがって」
支倉は吐き捨てるように嫌悪感を露にする。識也とは正反対に、感情が表に出ている。
「まぁともかく。この噂はどうやら君が単独で流した物のようだけど、出来ればどうやったのか教えてくれないかな? 一日で学園中に噂を広めた方法をさ」
気を取り直して、支倉は再び冷静な口調で絢音に尋ねる。
「……お断りします」
少し思案した末、絢音は短く答えた。
「ほう、もう後戻りができないと分かっていないのか?」
「違います、これは保険です」
「保険?」
「逮捕されたはずの彼がここにいるという事は、父との間で何かしらの契約が結ばれて、合法的にここに通っているのでしょう。ですが私は犯した罪を償わずに、普通の生活を送っている彼が許せません。彼の排除、そのためになら私は、確かにあなた方に協力します。しかし、これは仲間になったわけではありません。私の事を全て話す事はありませんし、私はあなた方を信用しない」
「利害関係が一致するだけの利用しあう関係か。中々かっこいい提案をするじゃないか。いいよ、分かった。君の望みどおり、このことについてはこれ以上聞かない」
支倉は楽しそうに声を上げる。
「いいよ。まさか日本を発とうって最後に、こんなに面白いことが起きるなんて。俺は本当に運が良い」
一思いに笑ったのか、支倉は絢音に手を差し出した。
「それじゃあ我がギルドにようこそ、君塚絢音さん」
その手を、絢音は警戒しながら握り返した。
「さぁお望みどおり明日だぞ、識也」




