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天才怪盗の社会奉仕  作者: ハルサメ
ミネルヴァの梟、助ける
55/131

55話

「フフ……フフフフフ」


 すると追い詰められたはずの水林が突然不気味な笑いを漏らす。


「こっちはまだ人質が二人いるんだぞ、とか言いたそうな顔だな」


「えぇそうです。あなたのことは予想外でしたが、一人で何ができるというのですか」


 あーやと西城はすでに相手の手の内に落ちている。二人の男に取り押さえられている以上、力ずくでの脱出は望めない。ここで俺は、目にもとまらぬ速さで二人を拘束している輩を退けた――などという超能力は、残念ながら持っていない。


 いや、今回に限ってはそんな超人染みた力などそもそも必要が無いか。


「あのさあんた、もう一つ言うぞ?」


「ふふふ、この期に及んで何を言うつもりですか?」


「いや、俺が後ろの玄関から外に出て助け求めたら、あんたらどうすんの?」


 しばしの沈黙。


「か……彼女たちがどうなっても良いんですか!?」


「そいつらが暴行されようが犯されようが、別に興味も無い。やりたきゃやればいい。俺が屈するほどの脅しでもなければ、あんたらに余罪が増えるだけだ」


「あんたそれ本気で言ってんのッ!?」


「西城、お前の尊い犠牲は忘れない。多分二日ぐらいは」


「あんたが見捨てたんでしょうがアアァァァァ!!」


 西城が跳ねるように暴れる姿を見て、昔行った両手両足を拘束された状態で移動するという訓練を思い出す。芋虫のような動きと、今の西城のように水揚げされた魚のような動きの二種類があるが、どちらも腹筋と背筋を使う中々ハードな動きである。


 という冷静な思考から来る冷たい視線を感じてか、西城は動きをぴたりと止める。


「ふざけんじゃないわよ! 嘘でしょ!? 冗談……でしょ? ねぇ……いつもの寒いギャグ……なんでしょ?」


 言葉は涙交じりに変わっていた。


「…………」


 俺が何も答えないでいると、やがて西城は顔を伏せ、嗚咽を漏らし震え始めた。


 そしてその西城の姿を、誰もが固唾を呑んで見つめていた。


 ただ一人を除いては。


「うあッ!」


 湿っぽい今の空気に不釣合いな、生々しい苦痛の声が響いた。西城の横、拘束者が西城に気を取られている一瞬の隙をつき、あーやが拘束者の片割れに反撃の一撃をお見舞いしたのだ。


 同時に走り出していた――あくまで人間の可能な速度で――俺は、もう片方にシャイニングウィザードを叩き込む。拘束に両手を使っていたため、防御できない対象は一瞬で意識を刈り取られ、床に倒れた。


「なっ!」


 反応が遅れ、やっと漏らした水林の声と、あーやが立ちあがったのはほぼ同時だった。


「まさか今までのは時間稼ぎですか!?」


「それ+あんたたちの動揺の誘発だ。人質はそれを守ろうとする側の人間がいて、初めて価値が出る。どうせ人質なんて取ったこと無いだろうし、俺が西城を見捨てればあんたらはどうすれば良いのか分からずに混乱するだろ?」


「その隙をついて、君塚さんを助けたということですか」


「おいおい、誰があーやだけって言ったよ」


「ウギャァァァ!!」


 とても人間が出したとは思えない悲鳴が背後から聞こえ、水林は驚いた後に急いで振り向いた。そこには眉間にしわを寄せた西城の姿と、その横で悶える男たちの姿があった。


 これでイニチアチブは再びこちらに戻った。


「嘘だ! 一体何がッ!?」


 状況が飲み込めずに驚く水林だが、西城の手にあるものを見て言葉を止めた。西城の手には掌大の黒く四角い物が握られていた。


「小型スタンガン。護身用として西城が持ち歩いていたものだ。さっき分解した時に確認したが、中々威力が高いぞ」


「因みに私が抜け出したのも、同型のスタンガンを用いたからです」


 あーやも握っていたスタンガンをお披露目する。


「では今までのは全部芝居だったとでも言うのですか!?」


「別にそういうわけじゃない。ここでの会話は全部アドリブだ」


 水林が訪問に来た際、俺は念のために二人にスタンガンを携帯させた。ここまでのシナリオを完全に読んでいたわけではなく、ただの保険だったのだがそれが功を奏したわけだ。


 あーやならば、捕まっても今の様に隙をついて抜け出すだろうと思っていたのだが、まさか西城が水揚げ魚ダンスをしている時に、腰からスタンガンを取り出していたのを見た時には流石の俺も驚いた。


 賢く器用なところもそうだが、泣くという女の武器をよく理解している。


「一応、将来は女優に転向するつもりだから。騙しちゃって、あたしってば罪な女ね」


 そう言って西城は陽気に軽く舌を出す。だが、先ほどの光景が演技かどうか俺にも判断が出来なかったのは、はたして西城の演技力が俺の洞察力を上回っただけなのか、それは分からない。


 例え西城の目元が僅かに赤くなっていようが、そこを追及しようとは思わなかった。


 それよりも、水林からの事実確認という名の尋問が優先すべきだろう。

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