52話
玄関を開き、西城が水林を招き入れる。
「いきなり来たものだから、びっくりしたじゃないですか」
西城が敬語を使ったことに対して、俺は思わず苦笑する。事務所からの紹介ということもあり、一応西城も水林には礼儀をもって接しているらしい。普段のサバサバした方が見慣れているだけに、この光景は中々面白い。
「君が無断で下校したという話を学園側から聞かされてね。そんなこと今までなかったし、それもまさか君が、という事態だったから学園側も焦ったんだろうね。色々探しているうちに、下宿先の関係で僕のところに話が来たんだよ。僕としても君が無断でどこかに行ってしまうのもおかしいと思って、念のためここに来てみたんだよ」
西城に続いてリビングへと入ってきた水林は、人のよさそうな笑みを浮かべていた。中肉中背、自然で品のある落ち着いた物腰の好青年。荒事を嗜んでいる独特の堅さが感じられないところを見ると、良いとこのお坊っちゃんという印象を受ける。
悪事を企てているようには見えない笑み。だがこのタイミングでこの来訪は、何か意図的なものを感じずにはいられない。
「でもどうしたんだい? まさかサボったのかな?」
「少し気分が優れなくて。先生方にお伝えするのを忘れていました」
「おっと、そうなのかい? じゃあ僕がこうして部屋に上がるのもやめた方が?」
「あ、いえ。それはお構いなく。逆に一人では気が沈んでしまいそうでしたので」
西城の言葉に、水林は眉を潜めた。
「そうすると何か悩み事でも? あぁでも言いたくなければ良いんだ。僕も経営には口出しできるけど、芸能界に関しては相談に乗れるほど知識も無いし」
「……話を聞いてくれますか?」
西城はマグカップに紅茶を淹れ、水林に座るように促した。
「実は、近頃ストーカーのようなものに付き纏われていまして」
「ストーカー!? いや、まさか……でも西城さんの知名度を考えれば有り得なくもない。因みに警察の方には?」
「お伝えしていません。知っているとは思いますが、私の上京に両親は反対でした。ストーカーにあっていると分かれば、直ぐにでも私を連れ戻そうとするはずです。なので極力内密に、ということで分室に調査をお願いしたところ……部屋からいくつものこれが」
西城は隣の椅子の上から盗聴器を取り出し、テーブルの上に置いた。
「これは何?」
「盗聴器のようです。時期は分かりませんが、これらが私の部屋に仕掛けられていました。そして分室の方々は、この部屋に盗聴器を仕掛けられる可能性が一番高いのは、管理人であるあなただと言っていました」
その言葉に、水林は身を震わせた。それが演技であるかは、まだ確証が持てない。
「確かに僕はマスターキーを所持しているよ。でも僕は西城さんをストーカーしてなどいないどころか、そんな疑いをかけられる覚えもないよ!」
「私もそう思っています。水林さんは上京して右も左も分からない私に、一番親身に接してくれた方だと思っています。ですがこんなものを見させられてしまうと、もう何を信じて良いのか分からなくなってしまって……」
「……西城さん、分室の言うことを鵜呑みにする事は危険だよ」
「え?」
水林は手を組み、驚いている西城に真剣な目を向ける。
「彼らはどんな形であれ問題を解決した、という事実があれば良いんだよ。それが本当に正解かどうかは関係ない、つまり今彼らは可能性が一番高いという情報だけで、僕を犯人として問題を処理しようとしているんじゃないのかな?」
「そんな事は!」
「君は知らないかもしれないけど、そういった事例は多く存在してるんだよ。現実的に考えてみて。分室と言えど学生、五千人に及ぶ生徒からの依頼を処理できる能力が備わっているかと言われると、どうしても無理が生じる。そして分室の活動は全くの無償、つまり働いている彼らに何の見返りも無い。そんな状態で働き続ければ、誰だっていつかは集中が切れて、できる限り労力をかけずに仕事を終えたいと考える」
「でも彼らは実際に盗聴器を発見したんですよ?」
「それすらも彼らの手の内じゃないかな。君はこの装置が実際に盗聴器として機能している場面を見た? 分解した電子機器の中にあったと言われただけじゃない?」
「それは……」
「なら尚のこと信用できないのは分室の方だよ。こういう言い方は卑怯かもしれない。でも僕としては、付き合いの深さから僕を信用してもらいたい」
水林は身を乗り出し、テーブルの上に乗っていた西城の手を両手で包むように握った。西城は一瞬驚いた表情をした後、肩を震わせながら顔を伏せた。
その瞬間――水林は西城に見えない角度で、口の端を僅かに上げた。




