4話
「じゃあ聞くが、あんたから見てこの学園てどんな感じだ?」
また随分と漠然とした問いだった。
「そうだな。確かに警備レベルは大したものだが、やってやれないこともないだろう。なまじ入校と夜間の警備が厳重なだけあって、昼間の校内の警戒レベルは平均並。だがその入校に関しては、学生証の提示だけで済むのだから、偽装ではなく登校時に生徒を拉致、身包みを剥がせば簡単に潜入でき――」
「だから脱線させるなって言ってるだろうがッ!」
「ん? 今の手段のどこかに穴でもあったか? 当然拉致した生徒には、こちらの情報が得られないように最大限の注意は払うつもりだが?」
「根本的に間違ってんだよッ! 誰も学園の警備システムの穴を探れとは言ってない!」
「だがここで、あえて俺にこの施設がどんな感じかと聞かれれば、そういった意見を期待しているものと思ったんだが。あれ、違ったのか?」
「あんたねぇ……本当に一般生活に溶け込む気あるの?」
「何言ってんだ。俺が溶け込もうとしているんじゃなくて、あんたら大人が俺を溶け込ませようとしてるんだろうが」
今の俺は一般的な学生とは立場が違う。保護観察処分中の身として、俺の意思とは関係なく学校に通わされている。それもこれも、あの母親が手を回したことだ。
組織で幼い頃から訓練を行っていた俺は学校というものに通った事は一度も無い。一応訓練で一般教養を高水準で学んではいたのだが、あの母親は俺が幼い頃から洗脳され十分に教育を受けていないとこじ付け、無理矢理適齢期である高校に通わせたのだ。
「そんな四六時中物騒なこと考えている人間を、野放しに出来るわけがないだろうが」
「世の中には厨二病って病気があるらしいじゃないか。俺の考えなんてそれと同じだろ」
「実行力の無い子供の妄想と、それを実行してきた人間の発言じゃ重みが違う」
なるほど。確かに俺が銀行強盗でもすると発言すれば、すぐさま警官が何人かすっ飛んでくることだろう。
「ほかに、もっと普通な一般的意見は無いのか?」
「まぁ無駄にでかい学園で、無駄に生徒が多いとは思うが」
栄凌学園は三学年合わせて五千人にも及ぶ巨大マンモス校で、そのため学園の敷地面積は広く、隅から隅まで動くのに十分ほどかかってしまう。
敷地面積だけでなく校舎も数階建てで、エスカレーターやらエレベーターやらも完備。複数個の食堂に、果ては敷地内に購買部と言う名の、複数の専門店を有するショッピングモールが存在しており、もはや一つの街として機能している。
クラブ活動も百を軽く超える数が存在し、非公式も含めれば二百にも及ぶらしい。
さすが私立! といえば良いのかだろうか。俺には判断基準となるものが無いので、高校生の分際に無駄に金かけすぎだろ、という呆れた感想しか述べる事が出来ない。文武両道などというありきたりな校訓だが、その巨大さゆえに各分野から才能溢れる天才たちが集うため、業績を見ればあながち間違っていないのだから笑えない。
そしてその天才たちを教育する専門性に長けた優秀な教師陣の中に、この元ヤン英語教師がいるのが不思議でならない。いやこれはマジで。
「そう、この学校は組織的に日本最大と言える。じゃあ人間が多い組織はどうなる?」
「また漠然とした質問だな。まぁ、人間が多いと統率が取り難くなるな。末端まで正確な指示が飛ばないことに加え、全体も把握し難い。結果として運営側に力が求められ、その力が無ければ崩壊するだろう」
「んじゃ、あんたから見てこの学園は崩壊しているように見える?」
「……いや、その類を感じたことはないな」
入学して二ヶ月、学生生活を送る上で何か目立った問題が起きていることを感じたことはない。数多くいる学生も大人しく、また最新の情報通信システムを用いた運営側の配慮も行き届いていて、逆に居心地が良いと思えるほどだ。
それこそ、気持ち悪いぐらいに平穏な時間が流れている。まぁ授業が終わったら即効帰る程度にしか周囲と関わりを持とうとしない俺が、ただ知らないだけかもしれないが。
「つまりこの学校はその力を持っている、ということだろう。それがどうした?」
俺は先ほどから朱乃の問いに含みのようなものを感じていた。何かを匂わせるような、しかしはっきりと口にしない意図した問いだ。




