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天才怪盗の社会奉仕  作者: ハルサメ
ミネルヴァの梟、助ける
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36話

 人間とは不自由の中に自由を求める生き物だ。


 例えばいつも忙しそうにしている人間が、急に数日間の休暇を貰ったとする。するとその休日でその人間が行う事――胸を晴れる趣味が無い限り――は大方が何をして過ごせばいいか決められず、寝て過ごすことになるだろう。


 それが身体の休息になっているのだから、休日の過ごし方という意味では正解であるかもしれない。だが、そのように過ごした日の夜に「あ、俺今日何もしてねえや」と後悔した経験が誰にでもあるはずだ。


 自由という解放を望みながらも、いざ解放されたとなると路頭に迷う。いつもと違う、何か有益な休日を過ごそうと意気込むが、空回りに終わる事が多いのが現状だ。


 だがそれでも再び仕事という荒波に飲まれた途端、人間は直ぐに自由を求めることになる。寝ているだけの日でもいいから、と忙しい日々から解放されることを願う。


 忙しい時、手が届かないからこそ、自由という単語は甘い蜜の誘惑を持っているのだ。


「……つまり何が言いたいんですか?」


「俺に休みをくれ。プリーズギブミー休み」


 素直に答えを述べると、問い手であるあーやは呆れたようにため息をついた。


「休みなら十五分前に取ったはずですが?」


「それは休憩であって、俺が欲しいのは休息日」


 先週起こったバスケ部の一件から早一週間。そこから強制的に分室の一員に任命された俺は、文字通り馬車馬の如く業務をこなす日々を送っていた。


 蛍光灯が切れたと言われれば新品を持って行き、エアコンの調子が悪いと言われれば解体して汚れを除去し、部活間で起きた揉め事の仲裁と、その時に壊れた洗濯機の処理。果ては人数がいないからと、週末の子供ボランティアにも借り出される始末(意味不明)。


「あえて言おう、何だこの雑用は。パシリかって話だ」


「とか言いながら、蛍光灯の設置と業者に任せれば良いはずのエアコンのメンテナンスを、自らが進んで行ったのはあなたですよ?」


「壊れた機械って……無性に解体したくなるよな」


「君は子供ですか」


「ちゃんと知識はあるんだからいいだろ」


 清掃員と言うのはどこにでも入り込むことができるため、その技術は会得している。大概の機器なら扱ったこともあるし、知識もある。というか正直蛍光灯が切れたのならこっちじゃなくて職員室に行けばいいし、エアコンに関しても同様じゃないのか。余計な手間を取らせやがって。


 仲裁の件も、第一野球部と第二野球部のグラウンドをめぐる小競り合いで、何でそれをランドリールームでやったのかというはな……いや、そもそも第一と第二ってなんだよ。野球部なら野球部で統一すりゃいいじゃねえか。何で分けたし。


 無駄に人数がいるから、無駄に問題ごとが多く発生する。それを数少ない分室が迅速に処理してんだ。そりゃ忙しい訳だよ。


「休日が無い代わりに、いつも君は五時半に帰宅しているでしょう? 私たちはその後も残って業務を行っています。これでおあいこです」


 こう会話している間でも、俺とあーやは学生から出た依頼の書類整理をしている。


「確かにそうだ。俺が作らないとあの家の夕飯が地球外物質になっちまう。志保も料理くらい出来てくれよ」


 先週の一件から、とうとう志保に俺がいない時に勝手に家事をしないという誓約書を書かせた。善意からの行動だと分かっているが、出来ないのに勝手にやられては無駄に手間がかかる。


「志保さんは料理をしないのですか?」


「実はあいつは錬金術師でな。普通の材料からありえない味の料理を生み出せんだよ」


『美味しい材料使ってりゃ、美味しくねえ訳がねえ』とは親父の言葉だか、あんたの娘がそれを軽々と覆してきたんですがコノヤロウ。


「神北先生は?」


「あれが料理できると思うか?」


「君が出来るのですから。志織さんとは別々に生活しているのでしたか?」


「職場にも近い寮の方が何かと便利なんだと。まぁたまには顔出してくるけどな」


 その度に俺の私生活を逐一聞いてくるため、本気で面倒なんだが。


「仕方ありません。半年前のグラウクス逮捕の立役者であり、今が一番多忙なはずです。父も志織さんは女性初の警視総監になるかもしれないと言っていました」


 あれが警視総監になったら、きっと俺の胃に穴が開くだろう。


 グラウクス逮捕。半年前に世間を賑わせた出来事だ。オリュンポスの幹部であり、世界中の大富豪、美術館から恐れられてきたグラウクスを、日本の警察が見事に逮捕した。


 当然の如く、その立役者である警官と逮捕されたグラウクスが実の親子だったなんて話は、あることない事を無責任に書き出す週刊誌でさえ、書かれる事は無かった。


「やっぱりあんな風になりたいのか?」


「はい。志織さんと並ぶとまでは言いませんが、グラウクスなどの犯罪を決して許さず、その抑制に少しでも力になりたいと思っています」


「……そうか、頑張ってくれ」


 なんと声をかけて良いのか、一瞬分からなかった。


 今まで潜入先でグラウクスを散々貶す輩には会ってきた。その時はそのグラウクスは目の前にいるぞ、と内心ほくそ笑んでいたが、今の俺は笑えていないだろう。

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