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天才怪盗の社会奉仕  作者: ハルサメ
ミネルヴァの梟、探る
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28話

 「志保」と書かれたプレートが張られている扉の前で、一度深く息を吐いた。


「なぁ志保。さっきは俺が悪かった。許してくれ」


 中から返事はない。志保の活動時間を考えると、寝ている可能性は低いはずだ。


 ふむ、やはりダメか。俺の嘘は“また”通用しなかったということか。


「訂正しよう、俺は全く悪いとは思っていないし、許して欲しいとも思っていない」


「はい」


 今度は部屋の中からしっかりとした返事がする。


「だが、お前が気を損ねるほどの事を俺が行った事は理解している」


「はい」


「謝罪として、今晩はお前の気が済むまで話し相手になろう」


「…………」


 無言。やっぱりこれもダメか。


「オーケー訂正しよう。謝罪でもなんでもなく、俺はお前の気が済むまで話し相手になることで機嫌を取り、面倒臭い状況を回避したいと思っている」


「はい。ですが真偽とは別に私はそれだけでは応答できません」


 ようやく交渉の場に立つ。謝罪をしない事で許しを得るというのは、なんともおかしな話だ。だが志保に至っては形だけの謝罪は意味がなく、本心かどうかが問題なのだ。


 ここまで来れば、切るカードはもう決まっている。


「なら明日はお前の食べたい物を作ろう。何でも良いぞ」


 扉の向こうで動く音がした。意外にちょろい、ダメ押しの一言をつけておこう。


「レモンクリームのタルトもついてくるぞ?」


「本当ですか!?」


 想像以上の勢いで扉を開けて、志保は輝くほどの目で俺を見てくる。他人の心なんて弄んでナンボだと思っていたが、ここまで純粋だと罪悪感が生まれきそうだ。


「本当だ。ちゃんと俺の目を見てみるがいい」


 俺は真っ直ぐに志保の目を見つめた。


 志保も真っ直ぐに俺の目を見つめた。


 数秒の視線の交差の後、志保がクスッと笑った。


「はい、本当みたいですね」


 志保には“嘘”を見破る力がある。そしてそれが、本来のグラウクスの力だ。


 俺も嘘を見破ることに関しては一家言あるが、それは話し方や仕草を分析して経験的に判断を下すもので、的中率も甘く見て九割ほどだ。だが志保は百パーセントの確率で嘘を見破る。それも経験や知識が生きる判断方法ではなく、天性の勘によって見破っている。


『お前の妹はヤバイぞ』


 いつだったか、親父が言った言葉だ。始めは親父が何を言っているのか、まったく理解が出来なかった。話によると志保は生まれたばかりにもかかわらず、親父の何気ない嘘に対して過敏に反応を示していたらしい。何を馬鹿な、と聞いた当時は鼻で笑った。


 だが志保と対面してみて、そのヤバさを実感した。


 志保は嘘に対して反応しない。もっと正確には、まともに対応できずに生まれたての小鹿のように震え、こちらを警戒するのだ。こちらがどれだけ神経を使い、そして巧みに取り繕ったとしても、志保にはそんなもの通用しない。


 それにより騙すことに関する俺の自信は、あっさりと崩れ落ちた。何故こんな小娘に全て見透かされるのか、と憤りはしたものの、それすら馬鹿らしくなるほど、志保はあざ笑うかのように俺の嘘を見破った。


 それでも俺は、隙あらば志保に嘘をついている。これは一種の力試しであり、暖簾に腕押し状態でいつも俺の全敗なのだが、これまで親父以外で出会ったことの無い強敵に、俺の対抗意識はまだ辛うじて燃えているのだ。


 いつか本物である志保をも出し抜くことこそ代用品である今の俺の目標であり、俺が退屈である表の世界に身を置き続ける理由だ。

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