26話
「それで? どうせ分室のことだろ?」
体勢を直し、朱乃はふんぞり返るように座り、腕を組む。
「影宮から話は聞いてる。女バスの件は見事だったらしいな」
「別に見事と言われるほどでもないが……というか何故知っている?」
表向き俺は女バスの件に手も足も出なかったことになっており、俺が密室を暴いたなどについては俺とあーや、そして白鳥部長しか知る者はいない。
「あんたが格好つけて解決した後、白鳥が影宮に連絡したんだよ。安心しな、影宮は話が分かるやつだ。学校側にもこの件に関しては伏せてあるし、私が知ってるもの強引に聞き出したからだ。面白い一年生だねって言ってたそうだ。まぁ推薦した身としてはやってもらわなければコレ、だからな」
「ただの気まぐれだ。面白いから解いただけで、褒められる気も無い。それでだ、朱乃」
女バスの件を知っているなら好都合だ。本題に入る前の説明の手間が省けた。
「分室とは対極の組織、それは一体なんだ?」
白鳥部長との話が終わった後、あーやが意味深に出した単語。その場では聞いてはいけない空気を感じたため、後にした。流石に顧問である朱乃ならば、知っているだろうと判断したからだ。
朱乃は俺の言葉に一度目を見開き、そして面白そうに笑った。
「なるほど。さっそくギルドと御対面した訳か」
ギルド、封建制の産物と呼ばれる職業別組合のことではないだろう。今この場で出てくるという事は、その組織がギルドの名を冠しているということか。
「どんな組織なんだ?」
「どんなと言われてもあんたが言った通り、分室の対極に位置する組織だよ。まぁ対極とも言えるし、同極とも言えるけど」
「同極? 分室と似通った組織なのか?」
「分室は生徒の要請とはいえ、校則と法律に違反する行為に手を貸すことはない。だがギルドは、例えそれが犯罪であろうとも手を貸す組織だ。だから分室とは同極であり、そして問題を持ち込むという点で対極でもある。まぁ学園公式で無償の分室に比べ、非公式で相応の報酬ありという点での違いもあるけどな」
報酬次第でなんでもやる。それこそ本物の何でも屋である。分室に持ち込むことができない案件をギルドに持ち込み、そこで起こった余波が分室へと舞い込む。確かに問題を引き起こす元凶といえるだろう。組織の存在意義でいえば、要望があれば窃盗からテロまで幅広く手助けするオリュンポスに通じる部分がある。
白鳥部長は今朝暗証番号が変わっていることに気付き、すぐさまギルドを頼った。そしてそのギルドは直ぐにあの仕掛けを提示してきたらしい。要望に対する迅速かつ、的確な対応。相当な状況処理能力の高さがうかがえる。
「そんな非合法な組織を教師であるお前も認知しているなら、何故それを排除しようとしないんだ?」
生徒間で犯罪を助長する組織など、言語道断のはずだろう。まさかそれさえも分室に丸投げしているのか。
「それがこの学園の、もっとも悩みの種になっている案件なんだよ」
缶ビールを置いて、朱乃は一度深く息を吐いた。
「昼間あんたが言った通り、栄凌学園てのは馬鹿でかい組織だ。それはただ人数が多いとか、施設がでかいってだけじゃない。歴史もあるし、そして胸を晴れるだけの実績も十分持っている。今の日本の著名人の中で、少なくない数がこの学園の卒業生だ。その中には有名大学の教授になったやつとか、スポーツの分野で活躍したり、宇宙飛行士になったのもいる。現に私の同期のやつは今宇宙ステーションでミッションの最中だ」
教育機関としての価値は十分に証明されているということか。てかお前ヤンキーのくせにここの卒業生だったのかよ。
「卒業生が活躍するのは学園にとって良いことなんじゃないのか?」
「そうとも限らないんだよ。その卒業生の中でもっとも厄介なのが、政治家になったやつらだ。栄凌学園の設置者は学校法人栄凌学園となっているが、実のところこれは民間じゃなくて官僚の組織、つまりこの学園の経営陣は今言った政治家なんだ。学園の運営に直接口を出せる立場の人間であり、そしてその大半が学生時代に、ギルドに何らかの形で関与しているやつらなんだよ」
つまり教師の更に上、そこからギルド解体に対して圧力がかけられている。
犯罪を取り締まる側には、その犯罪に反抗する意思が必要だ。しかし朱乃の話を聞く限り、本来取り締まる側の人間が、既にその身を黒く塗りつぶしているということになる。
「そりゃ昔から教師たちも何とかしようとしてきたよ。だけどそれらは全部突っぱねられた。そして体系的には私立だから、文句を言えば直ぐにクビが吹っ飛ぶ。正義感出してマスコミに持ち込んでも、その上層部も結局卒業生の支配下だったりするからたまったもんじゃない。ギルドの情報で美味しい思いしていた人間に、それを摘発する理由は無い。その結果、ギルドを許容する雰囲気が広がっていったんだよ。それに、公言しているわけじゃないが、ギルド出身の教師も少なくない」
多勢に呑まれる、というのはどこにでもある話だ。小数派の意見、ましてや真っ向から対立する意見など聞き入れられるわけが無い。世の中正義が勝つのではなく、どちらの数が多いか。民主主義とは、圧倒的な物量で押し切った方が勝ち残っていくのだ。




