16話
「あの、結崎君? どうし――」
「おい、ちょっといいか」
高揚する気持ちを抑えながら、ざわつく女バス部員たちの中心にいる白鳥部長に歩み寄る。誰もが首をかしげて不思議そうな顔をしている。
「その鍵、ちょっと俺に貸してくれ」
「え? あ、はい」
差し出された鍵を受け取り、俺は鍵をそのまま右の耳の近くへと持っていった。そして親指と人差し指で鍵を、人差し指と親指で耳たぶを挟む。
「えっと、何?」
「いや、ただの確認だ。あと念のため自分たちの荷物で、無くなった物がないか確認してくれ。何かあれば…………何かあれば、警察に届ける必要があるからな」
思わず嘲笑しそうになった。警察に届ける、ね。常識的に間違った言葉ではないのだろうが、どうにも違和感が拭えない。俺にとって警察は当てにするような組織ではなかった。
白鳥部長の指示で部員が手荷物を確認している間に思考を切り替え、目線は先ほど部長が鍵を取り出したところへと移す。壁には粘着テープで小さなフックが固定されていた。
「一ついいか? 鍵はいつもここに引っ掛けていたのか?」
「えぇ、そうよ」
部長の返事を聞き、今度は鍵を持ったまま扉の前に移動して、鍵を差し込む。回すと同時にしっかりとロックされる。確かにこの鍵は女バスの部室の鍵のようだ。続いて扉の形状を確認。閉めた時に目立った隙間はなく、他には扉の上に換気用の小さな隙間が開いているくらいか。
扉の次に今度は室内に目を向けた。十六畳ほどの広々とした空間で、両脇にそれぞれ縦長のロッカーが備え付けられている。部屋の真ん中には縦に並んだベンチが二つ。入り口の正面には窓があり、上部を外に押し出すことで換気するタイプのものだ。
それらを全て確認し、俺は手帳を取り出した。
「メモって、何か気付いたのかな探偵君?」
やや陽気な声音で部長が声をかけてくる。探偵か、確かに今の俺は他人にはそう見えるんだろうが、実のところはその逆だ。別に俺は犯人を捕まえたい訳じゃない。この密室を作った仕掛けを、完膚なきまでに暴いてやろうとしているだけだ。
「さぁ、それはどうだろうな? それで何かなくなったものとかあったか?」
「いや。特に何もなかったよ。それなりに高価なものでも残っていたし」
「そうか。もう十分だ」
手帳を閉じ、部長に鍵を返して部室を出る。唖然としている部員たちの中で、高坂を見つけた。未だふさぎ込んだ表情をしているが、顔色はよくなっている。自分の責任でなかったとはいえ、流石にまだ思うところはあるだろうがマシにはなったようだ。
「何か分かったのですか?」
元の場所に戻ってくると、矢継ぎ早にあーやが問いかけてくる。
「そうだな。その前にいくつかいいか?」
「……どうぞ」
表情には出さずともあーやは一瞬ムッとした雰囲気を醸し出す。
「もし今回の件が女バスの過失で無いとすると、女バスの部停はどうなる?」
「そうですね。まだ状況が整理されていないのでなんとも言えませんが、確かに今回の件は外部の人間による悪戯の可能性が高いでしょう。そうすると部停の件は取り消し、または軽くではありますが、管理責任の問題で数日間の部停ではないかと思います。あくまでも私見ですが」
「その状況の整理ってのは誰がやるんだ?」
「もちろん私たち分室の仕事になり、学校側に提出する形になります」
「なるほど。よく分かった。じゃあこれが最後だ。あんたはこの件をどう見る?」
「どう、とは?」
「あんたは外部の人間の可能性が高いと言った。ならどんな仕掛けを使ったか見当がつくか? あんたなりの見解を教えてくれ」
俺の質問にまたあーやは更にムッとした表情をする。それもそのはずだ。今はあーやが俺を試すはずであり、今の質問は俺があーやを試しているに他ならない。
「……私としてはこの件に関しては大きな疑問があります」
しばし思案した後、あーやは口を開く。
「そもそもこの犯人は何がしたかったのか。方法と理由はどうであれ、部室の鍵を使った密室を行いたかったのだとすれば、わざわざロッカーに細工する必要もなければ、シャワー室の鍵を代わりに入れる必要もまったくありません。愉快犯だったと考えればそれまでですが、それにしては余計な行動が多すぎる気もします」
「ふむ、じゃあ密室の方法に関して何か気付いた事は?」
「糸などで隙間から鍵を入れた可能性は?」
「残念ながらその隙間はなさそうだ。そして部長の話では鍵は壁のフックに引っかかっていたそうだから、もし隙間があったとしてもそこに引っ掛けるのはあまり現実的じゃない」
「合鍵を使った可能性は?」
「ディンプルキーの合鍵の相場は二千円前後だが、俺の見立てではあの鍵を複製するにはもっと金が要るだろうな。まぁそれでも高いわけではないし、可能性も無いとは言えないが、こんな悪戯で消費するんだったら、ついでに物盗りでもやった方が利口な選択だ」
先ほど部室に入った時、簡単に見分けられる金目のものがいくつか目に入った。絶対とは言わないが、密室なんて真似を犯す輩がそこに目がくらまないことはないだろう。
「あとは……思いつきません」
そう言ってあーやは降参とばかりに頭を振る。本当は俺を試す側なのに、こうまでして律儀に会話につき合わせていると、なんだか申し訳なってくる。