第7話
わざわざライブを見に行った相手が、体調不良で倒れている。偶然見かけた幸運。介抱という役得をなぜ放棄するのか。
「それは……何か急いで帰らないといけない用事でもあったのかもよ?」
「素早く着替えたってことは、直ぐに別の場所に移動するつもりだった可能性もあるんだな。着替えを終えて急いで出たところ、倒れているゲンを見つけて、時間がない中で助けに行った。時間が迫っていたから、名残惜しくもその場を去った。別におかしいところはないと思うんだな」
何かしら帰路を急ぐ用事があり、その中での苦肉の判断。なるほど、栗栖部長の案はその場の行動としては筋が通っている。
「分かった!」
と、そこで成美さんが勢いよく手を叩く。
「何が分かったんだい成美?」
「キーホルダー! 用事があってAIRIは直ぐに動かなくちゃいけなかった。でも何とか自分がその場にいた証拠を残したかった。だから自分の名前入りキーホルダーを置いてったんだよ! シンデレラっぽい!」
ルナの言葉に成美さんが興奮気味に答える。
「因みにキーホルダーって?」
「これです」
ゲンがポケットから取り出した透明な袋を受け取る。その中には、ポップな書体で『AIRI』と書かれたキーホルダーが入っていた。
自分がいた証に、名前入りのキーホルダーを置いていった。否定できる要素はない。むしろキーホルダーがあった理由としてはかなり強い。
なるほど、御伽話のシンデレラは偶然(王子の策略という説もあるが)ガラスの靴を無くす。
たが、後々のためにわざと置いていくという展開も中々面白い発想だ。
だが、その話にはいくつか穴がある。
「残念だけど成美。その展開はちょっとおかしいんじゃないかな?」
ルナが切り込んだ。
「自分の証拠のためにおいていくなら、次の日とかに『そのキーホルダーは自分の物だ』って連絡するはずだよ。それがないってことは、キーホルダーはガラスの靴になり得ない」
ガラスの靴の機能は持ち主を確定させることにある。本物のガラスの靴なら、シンデレラ専用という効力が存在する。だが今回に限って言えば、その効果は本人しか知り得ない情報だからこそ有効になる。
『気づいて声掛けてくれるかな?』なんて悠長にやっていたら、今回のように偽物が割り込んできてしまう。
ケルベロス側から連絡をした以上、全員がキーホルダーの存在を知ってしまった。その後に名乗り出たとしても、証拠としての価値は薄い。
「じゃあルナは何でキーホルダーがあったのか分かるの?」
「キーホルダーについては、僕も確実な意見があるわけじゃないよ。でもなんでその場を直ぐに去ったのかについては、考えがある」
「それはどんなやつ?」
「たとえば『ケルベロスのファンではあるが、顔を見られてはいけない事情があった』とかどう?」
「顔を見られちゃいけない事情って何? 単に恥ずかしかったとか?」
「例えばの話だよ。急いで着替えたことと、助けた際の恩恵を捨てたのは事実。そこから推察するに、彼女はその場を少しでもいいから早く出たかった。でもそこでハプニングが起きた」
自分の推しが体調不良で倒れている。直ぐでもその場を去らないといけなかったが、見過ごすことが出来ずに助けに入ってしまった。
意識が混濁しているが、命に別状がないことを確認して去っていく。
「むむむ、じゃあ結崎君的にはどうなのさ?」
ルナに鼻を折られたのが気に食わないのか、成美さんの機嫌は悪いようだ。
「キーホルダーはボールチェーンで、先端部分が切れた形状になっていた。急いで外そうとして引きちぎったと考えられなくもないが、違和感は残るな。よって、わざと落とした説はちょっと弱いな」
成美さんがムッとした顔をするが、あくまでも可能性だ。
ルナの言う通りで、AIRIは何かを隠している。基本の行動はルナのものでいいとして、そこに何を加えるか。
「俺の結論は出た。そしてAIRIが誰なのかも分かった」
「なら、あたしたちに真実を教えてほしいんだな」
答えを求めているわけではない。先ほどから栗栖部長は、こちらを試すような目線を向けてくる。
「真実かどうかは保証しない。ただ、辻褄は合わせたつもりだ」
もちろん今ある手札で真実に辿り着けない場合もある。どんな完璧なトリックも、奇跡的な偶然が生んだ産物という可能性を否定できない。
たとえそうだとしても、何かしらの結論を出さなければならないなら、最後はこじつけになるだろう。
「結論から言うと、坂上と野中、そのどちらもAIRIではない」




