第2話
「もうちょっと右。あ、そっちじゃない。そう、そこの奥。もっと、もっと奥」
西条の声に従って、掻き分けるように手を進ませる。
「ああ、これか」
目的の突起物を見つけ、手を伸ばす。
「あ、そこから先はダメ! そこまでにして!」
「ダメなのか?」
「だってそこ弱いんだもん。それ以上は壊れちゃう!」
どうやら西条には刺激が強いらしい。
「安心しろ。俺は慣れている。それにゴムだってしている」
「だめ! 怖いの!」
「俺を信じろ。お前はそのままじっとしていれば良い。すぐに終わる」
俺は慎重に、ゆっくりと手を伸ばす。
「あ、あ、ダメー!」
西条の絶叫に構わず、俺の指先はわずかに触れた。
バドミントンのシャトルは、引っかかっていた枝から外れて、ゆっくりと地面に落下した。
すると足場にしていた枝が「ミシッ」と悲鳴をあげ、俺の体は一瞬で重力に引っ張られる。
「ッ!?」
西条の声にならない叫び声。地上から10メートルはあろうかという高さからの人体落下は、見る人からすればかなりスリリングな物に見えるだろう。
目星をつけていた太い枝に手を伸ばして、落下速度を下げる。素手だったら大怪我していただろうが、ゴム手袋をしていたおかげで少しの痛みで済んだ。
最後の2メートルほどはそのまま着地するしかなく、膝関節➕前転を行うことで落下の衝撃を吸収させた。
「あ、あ、あ、あんた! だから言ったじゃ無い! あそこの枝弱いのよ! なんで進むのよ! バカじゃないの!?」
「そんな顔を真っ赤にして怒るな。落下してもこうして対処できる範囲だと判断した。だから手を伸ばした」
「『普通』の人間は5メートルの高さから落下しても対処できないんじゃないかな〜?」
ルナが素知らぬ顔で言う。普通を強調するあたり皮肉が効いている。
「まぁ『普通』の枠に収めるには、無理な類の存在なのは確かよね」
ルナの意味を知ってから知らずが、西条が同意する。
「つまり俺は超人だ」
「変人の間違いじゃ無い? ま、何はともあれ助かったわ」
西条が落ちていたシャトルを拾い上げる。そして遠巻きにこちらを観察していた少年たちに歩み寄る。彼らの手にはバドミントンのラケットが握られている。
「はいどうぞ。今度は木に乗せないように遊ぶのよ」
「あ、ありがとうございます」
少年たちは恥ずかしそうにお礼を言う。
「お礼なら、あの阿保ズラのお兄ちゃんに言ってね」
「ありがとうございました! すげーかっこよかったです! 忍者みたいだった!」
少年たちの輝く瞳がこちらを向いている。男として、この期待には応えねばなるまい。
「その通り。拙者は忍者の末裔で第37代目、服部サスケと申す」
「サラッと嘘を吐くな」
最近のあーやが冷めている反面、すかさずツッコミを入れてくるあたり西条は助かる。
だがそのあーやはここにはいない。ファントムなる不審者の対応を室長に押し付けられ、何やら奮闘しているようだ。
あの後、西条から直電がかかってきて、「今すぐ公園に来なさい!」と命令された。
シャトルが木に引っかかってしまった子供に遭遇したようで、どうしようもなかったから電話をかけてきたらしい。
全くもって傍迷惑な女である。
「なんか言った!?」
「何も言ってない。無実だ」
ツッコミというか、ただのいちゃもんである。迷惑な女だ。
「なんか言ってるでしょあんたッ!?」
「何も言ってないマジで」
役者として色々な経験を積んでいるからか、多少勘が鋭い。
「ったく、あんたと話してたらどんどんストレスが溜まっていくわ。んで、最後に確認するけど」
西条が再び俺が登っていた桜の木を指差す。そこには右足用の靴が一足、先ほどのシャトルよりはるかに高いところに引っかかっていた。
「流石にあの高さは登れんな」
先ほどの子供達が自分たちでシャトルを落とそうとして投げた物らしいが、悲しくもミイラ取りがミイラになったようだ。
「んー、強風が吹けばなんとかなるかもしれないんだけど。あとはボールか何かをぶつけるとか?」
確かに靴は時折風で揺れている。もしかしたら、待っていれば落ちてくるかもしれない。
そして西条の提案だが、残念ながらここには都合の良いボールなどはなく、あるのはバドミントンのシャトルだけだ。
それを打ち上げてまた引っかかってしまっては、元もことないんだけど、ルナさん?
「え、何?」
「なんで子供からバドミントンのラケットとシャトルを貸してもらってんだ?」
「だって当てて落とせば良いんでしょ?」
「いやいやどう考えても枝に邪魔されて届かないわよ」
「大丈夫大丈夫。私に任せて」
納得できない西条を軽くあしらい、ルナは靴が引っかかっている真下あたりに移動する。
そしてシャトルとラケットを構え、立ち位置を微調整し始めた。
「え、本当に大丈夫?」
「本人がやる気ならやらせてやれ」
俺の返事に、西条は疑いの眼差しを向けてくる。納得しない、そんな西条の気持ちを受け止める必要はないが、
「面白いものが見れるぞ」
「え?」
そこでルナの動きが止まる。シャトルの真下より、2メートルは横にずれた位置で、シャトルを弾いた。
「は?」と声を漏らす西条。だがその目には、シャトルが枝に一度も触れることなく靴に向かって飛び込んでいく光景が映る。
そして完璧に靴にヒットし、双方これまた枝にひっかかることなく、地面へと落下してきた。
「ね? 当てて落とせばよかったでしょ?」
「外人のねーちゃんすげぇ!?」
子供は大興奮、ルナの周りに駆け寄ってはしゃいでいる。
「・・・・・・」
言葉を失っている西条に同情する。今のは子供なら「すごい!」の一言で処理するのだろう。
だがある程度の良識が備わってくれば、今のルナの行為が、『普通』なんてものとは程遠い神業であることを理解する。
理論はわかる。ただ現実味0%の奇跡。
そこにあるのは感動か。
動揺か。
それとも畏怖か。
少なくとも俺には笑い話だ。
人殺しの技能で人を助けたなんて、笑い話にしかならないだろう。




