第15話
次第に、対峙する2人の間の差がはっきりのしてきた。若島先輩の手数が減り、早乙女先輩がブロックから回避に移行した。
キックボクシングもきっとラウンド制のはずだが、かれこれ10分に近い時間両者は動き続けている。
本来するべきインターバルを取らないでの運動は、実力の差を如実に表していた。
「このままじゃ」
成美さんが呟いたその時、早乙女先輩の右の拳が若島先輩の側頭部を殴打する。辛うじて防御が間に合ったように見えたが、若島先輩の体は衝撃を支えきれず、リングの上に転がった。
荒い息、夥しい汗。若島先輩はリングに拳を打ちつけながら、なんとか立ちあがろうとする。
「もうやめろ若島。お前の負けだ」
仮面越しに早乙女先輩は諭す。
「うるせぇ。俺はまだまだこれからだ。やっと体があったまったくらいだ」
「インターハイを棒にふるつもりか。これ以上はもう」
「うるせぇって言ってんだろうが!!」
早乙女先輩の言葉を遮り、若島先輩が拳を叩きつける。
「インターハイがどうだとか関係ねぇ。俺はてめぇより強いんだ!」
「だからインターハイ予選ではお前が勝っただろう」
「今のてめぇに勝たないで何がインターハイだ! ファントムなんてふざけた奴に会ったくらいで強くなった気でいやがって。ファントムの真似事なんてだせぇ事しやがって、そんな根性叩き直してやる!」
妬み、僻み。そんな類ではない。
今まで切磋琢磨してきた2人。互いに高め合っていたのだろう。だが、片方は別の存在に魅入られ、高め合いをやめた。
やめた側は新しい目標が生まれた。
やめられた側は今まであった感触が消え去った。支えが消えた。
誰も悪いわけではない。人の関係は変わる。ファントムという存在がきっかけになって、変わった。
「彼は俺を変えてくれた。道が見えた。だからこそ、彼を追えば俺はもっと強くなる」
「涼しい顔して言ったとしても、生垣や高見に怪我をさせている時点でてめぇの行為は暴行だ。スポーツじゃない。中途半端なクズ野郎だ」
「どうとでも言え。少なくとも気付いたお前らには口封じをさせてもらうがな」
仮面越しにこちらを見られた。早乙女先輩の行為は歴とした犯罪だ。明る目になれば罰が下る。
ファントムに憧れ、ファントムを追うために真似を始めた。おそらくもう一度会いたい、その思いからの行動だったのだろう。
純粋すぎる程に力を求めた。その結果だ。
「させねぇよ」
大きく息を吸い、若島先輩は立ち上がる。
「それをさせねぇためにこうして戦ってやってるんだからな」
「苦しいな。お前にも分かっているはずだ。今のお前ではもう俺には勝てない」
「だったら力ずくで黙らせてみな!」
若島先輩が動く。最後の力とでも言うように動きのキレが戻った。一閃。今まなかった大振りの右ストレートは、しかし早乙女先輩を捉えられずに空を切る。
短く息を吐く早乙女先輩。開いた若島先輩の脇腹に向けて左フックを仕掛けた。
刺さる拳。
でも若島先輩はそこから動いた。脇腹を殴られながらも、右のローキックが早乙女先輩の足に刺さる。
相打ち。崩れる両者。
「ど、どっちが勝ったの?」
分からない。この勝負は純粋なスポーツの勝敗で決めていいのか。
若島先輩は根性を叩き直すと言われた。だとすると、どちらかの心が折れる、それが勝敗になるのかもしれない。
「ぐっ、、、、」
早乙女先輩からファントムの仮面が外れ、苦悶の表情が露わになる。ローキックは確かに入ったが、そこまでダメージを与えるものだっただろうか?
「動かねえ方がいいぞ。折れてるかもしれねぇからな」
脇腹を抑え、ロープに掴まりながら若島先輩が立ち上がる。
「ファントム補正で強くなったとしても、高見にやられた脚はどうしようもなかったみたいだな」
高見先輩はファントムに怪我を負わされた側のはず。いや、高見先輩は最後にファントムを吹き飛ばしている。相撲部の腕力、無傷ではなかったのか。
肉を切らせて骨を断つ。最後の大振りは誘いだった。
「どうだ、これでファントムの真似事なんて出来ねぇだろ」
「お前、それが狙いか」
言葉通り早乙女先輩は立つことができていない。
若島先輩の狙いが早乙女先輩の行動の阻止なのであれば、言葉での説得では不可能だった。
だからこその肉体破壊。物理的に行動を不能にさせれば、偽物ファントムは演じることができない。
「なんで邪魔をする! 俺がどうなろうとお前には関係ないだろう!」
「俺はただ後輩の面倒も見ずにファントムのケツだけを追っかけているアホを殴りたかっただけだ。もう用は済んだ」
言葉の終わりに、若島先輩はリング上に寝転んだ。文字通り満身創痍。全てを出し尽くした。
自分のインターハイでの活躍を犠牲にするかもしれない行動。その成果が十分に得られたから分からない。
ファントムによって変わってしまった友を、なんとかしたかった。
ただ、若島先輩は満足している。思いは伝わっている。
でなければ若島先輩の言葉で、早乙女先輩の目から涙が溢れるはずがない。
きっと、そうなのだろう。




