第14話
部室は、朝来た時と比べて人の気配がなく、静まり返っていた。
誰もいないのか。人の侵入を拒むような静寂のなか、トレーニング器具を避けながら進んでいく。
「いた」
隣の成美さんが息を呑むのが分かった。
部室の奥、リングの上に長身の男性が2人。上半身に服は着ておらずお互いカラフルな色のハーフパンツを履いているだけ。
十分な知識があるわけではなかったが、これが彼らにとっての戦闘服。
これらから何を行おうとしているのかは、外野の私たちでも理解できた。
「分室に新聞部か。偶然ここに来たわけでは無さそうだな」
私たちの姿を見て、若島先輩は特に驚くことはなかった。
「最後の最後にこの野郎を煽る目的で呼んだわけだが、気づくやつは気づくか」
若島先輩が言う『野郎』とはもちろん1人しかいない。
早乙女先輩はこちらに背を向けて立っている。その表情は分からない。
「これは俺とこいつの問題だ。悪いが外野は黙って見てな」
若島先輩がリズムよくステップを踏む。体をリラックスさせ、準備を整える。そした背中を向けたままの早乙女先輩に向かい、突撃する。
後頭部を狙った右ストレートを、早乙女先輩は首の動きだけでかわした。
そして見えた。早乙女先輩の顔には表情がない。白に穴が3つ。ファントムの仮面だ。
「やっぱり早乙女先輩が偽物なんだね!」
開始のゴング無く始まった戦い。私たちが瞬きをする間に複数の拳が行き交う刹那の戦い。
私たちはそれを文字通り眺めているしかない。
「若島先輩が偽物をやってたの早乙女先輩を懲らしめてるの?」
部長として、他者を襲撃した違反者を成敗する。構図としてはわかりやすい。ただ、若島先輩はそんな勧善懲悪なタイプではない。
「おそらく、純粋な力比べなのではないでしょうか?」
勝負の様子は、若島先輩が攻勢か。手数では完全に圧倒している。
「力比べ?」
「ファントムに負けた早乙女先輩。それに若島先輩は勝ったと嘘をついて挑発しました。自分の方が強いと」
外部の人間、調査中の分室に加えて新聞部もよこしたのはそう言う宣伝効果化か。
「でも待って、早乙女先輩は本物のファントムに会ってるんでしょ? それってつまり」
「2人の力量の差は、インターハイ予選決勝の時とは変わっているはずです」
だからか、攻勢に出ているはずの若島先輩だが、その表情は苦しげだ。
そして受ける時間が長い早乙女先輩はまだ余裕がありそうだ。
「なんか若島先輩、すごく必死に見える」
両者、特に若島先輩に聞こえないように成美さんが呟く。
インターハイでは若島先輩に軍配が上がった。だが、ファントムが介入した今、力関係は逆転した。
若島先輩の苦しげな姿は、それに抗っているように見える。現実として認めながらも、自分の価値、存在を示そうとしている。
「・・・・・・」
あぁ。つまりそう言うことなのか。
若島先輩のその姿を見て、私は1つを悟った。
「認めたくない」
「え?」
「若島先輩は認めたくないんです。早乙女先輩がファントムに出会って強くなったことを」
「そ、そんなの僻みじゃん! 出会っちゃったものはどうしようもないよ」
「そうじゃありません。若島先輩が認めたくないのは、ファントムという眉唾な都市伝説によって早乙女先輩が強くなってしまった事実」
正体不明。出会ったら強くなれるなんて棚からぼたもちで、強くなってしまったこと。
「そしてそのファントムに魅入られ、模倣するようになってしまった早乙女先輩を認めたくないんです」




