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第11話

 駅の表通りにあるおしゃれなカフェ。お店自体は知っていたが、利用したことはなかった。


 1人でカフェに入る趣味もなく、また友達とゆったりと時間を過ごすこともあまりなかった。


 些か緊張しながら店内を覗く。平日でありながらも、ランチタイムはほぼ満席だった。


 『待ち合わせで』と言って店内を探し回る覚悟を決めかねていたところで、


「絢音ちゃ〜ん!」


 と聞き慣れた声が届いた。店内の奥の方で手を振るスーツ姿の女性。


 結崎志織さん。結崎君の母親であり、私の憧れの人。幼い頃から交友があり、いろいろなことを教えてくれた。


 そして栄凌学園学芸特殊分室初代室長。


 店内を小走りに進み、志織さんのもとへ急ぐ。その席は小さな丸テーブルを挟むように、1人用の椅子が対面に置かれていた。


「すみません、遅くなりました」


「ぜんぜん、むしろ急に呼び出しちゃってごめんねー。華の女子高生の青春の時間を奪ってしまって」


「いえ、大丈夫です。お久しぶりです」


 『ランチでもしながらお話ししない?』と誘われ、中抜けの形で学園の外に出る許可をもらった。


 志織さんに会いに行くと告げると、室長は快く許可をくれ、『志織さんによろしく』と伝言を頼まれた。


「影宮室長が会いたがってましたよ」


「あーそうね。彼にはどこかで色々話をしてあげないと行けないかな。後が怖いし」


 2人がどんな関係か想像もつかないが、室長も現法務大臣支倉真一の子供。成美さんの言葉通り普通とは程遠い立場の人だ。


「ところで話とはなんですか?」


「まぁまぁいきなり話に入るより、まずは注文をしましょう」


 メニュー表を渡され、その中から『海の幸』という塩パスタを選んだ。志織さんはカルボナーラを注文する。


 店員さんが注文をききとり、メニュー表を下げたところで、志織さんが口を開いた。


「いやね、うちの馬鹿息子とこの間会ったんだけどさ。一応様子は確認したんだけど、実際のところの学園生活はどうなのかなぁって思ってね」


 結崎君と志織さんは十数年間離れ離れに暮らしていた。その2人が再会したのが大体一年前。


 犯罪者となっていた息子。


 それを捕まえた母親。


 どれほどの衝撃だったのかは私には想像もできない。


「学校ではうまくやってる? いや、分室的な問題解決って意味では何の心配もしてないんだけど、その人間関係的に」


「まぁ人との付き合い方に難がある時はありますが、慕ってくれている方もいますよ」


 分室以外だと白鳥部長に西城さん。以前の件で柔道部とかも。あとは推理小説研究会には一方的な求愛をされている。


「まぁそこら辺は流石にうまくやってるのか」


「何か気になることでも? あ、お水いただきます」


 外は真夏。立っているだけで汗が出るほどの暑さで、実際喉がカラカラだ。


「まぁ母親としてね。ちなみに絢音ちゃん的に流斗はどう?」


「私から見てですか?」


「流斗とキスした?」


「!?」


 危うく口に含んだ水を全て吐き出すところだった。


 誰が誰と何をやったって?


「あー嘘嘘冗談よ! おばちゃんジョークよ!」


「し、お、り、さん?」


 おしぼりで口を拭う。


 冗談にしても、言っていいことと悪いことがある。志織さんにはいろいろなことを教わっているが、よくこうやってからかわれることもある。


「怒らないでー! で、まぁ実際のところ絢音ちゃんから見て流斗はどう? あ、普通な意味でね?」


「改めて聞かれると、、、そうですね」


 自分から見て結崎流斗がどういう存在か。


 学園、分室の後輩。志織さんはそれを聞きたいわけではない。


 なんと表現すればいいか。結崎君に抱いているこの感情になんて名前をつければ良いか。


 なんとなくあたりはつく。だが声に出すことに躊躇いがある。


「正直に言ってごらん」


「羨ましいです」


 見透かしたような志織さんの言葉に、私の口はあっさりと開いた。


「結崎君のことを全て知っているわけではありません。ただ、彼が普通では考えられない状況に身を置き、そしてその経験から今の能力があることを考えると、私のこの感情は彼にとって侮辱にしか他ならないと思います」


 父親に連れ去られ、犯罪者として育てられた。そこで何をしていたかは分からない。


 一度だけ結崎君が昔の生活について語ったことがある。


『やられたら十倍でやり返す修羅の国で育った』


 ただの誇張表現だと受け流したが、結崎君の過去を知った今、『修羅の国』とは文字通りの地獄と評する世界なのだと。


 しかし、そこを生き抜いた事実。


 そこで身に付けた類稀なる能力。


「それでも純粋に、羨ましいと思ってしまう自分がいます。今の私ではとても追いつかない境地。もし私にその力があったらと。そう思ってしまいます」


「そっか。ありがとう。流斗のことを、今のあの子を認めてくれて」


「あ、いえ、すみません!」


 今更気づいた。結崎君の過去とは、つまり志織が関わることができなかった時間。母親として育児に携われなかった時間だ。


「いいのいいの。全部、とは言わないまでもそれなりに吹っ切れてはいるから。というか見ない間にあんな風に子供が成長してたら、嫌でも吹っ切れるって」


 笑いながら話す志織さん。その顔の下にどんな苦労が隠れているのか、私には分からない。


「今の自分が未熟で恥ずかしいです」


 結崎君にしても、今の受け答えにしても、どれだけ世間知らずだったのか。井の中の蛙とはまさにこのことだ。


「でも、その気持ち分かるなー。私も同じだったもの」


「同じ、ですか?」


 誰に対しても物怖じしない。たとえ上司である父にもはっきりと物を言う志織さんが、私とどこが同じなのか。


「分室を作った時、それこそ今の学園よりギルドの力が絶対だった時代。ギルドの派閥争いに加えてふざけた便利屋や、新聞部の部長。果ては今の法務大臣様のプレッシャーに何度心が折れかけたことか」


 懐かしむ様に志織さんは語る。結崎になる前の神北志織としての過去。


 今の志織さんからは想像もできない。


「そんな時、どうしたんですか?」


「やったことといえば2つ。諦めない。それで抗い続ける」


「諦めないで抗い続ける?」


「当たり前のことだけどね。できることをやり続ける。ちょっとずつでも進む。そうすると『来るかどうか分からなかった転機』が来ることがある。あとはそれを逃がさない。私が学生時代に学んだことはそこかな」


 諦めなかった先にあるチャンスということだろうか。


 理屈はわかる。何かがきっかけになって途端に解決する問題もある。


 ただ、そんな幻みたいな物に期待し、努力を続けるのはとても難しい。


 出口の見えないトンネル。私はそこを歩き続けることができるだろうか。


 『来るかどうか分からなかった転機』なんて、私には訪れるのだろうか。


 そんな『転機』があれば、会ってみたい。


「今だよ」


「え?」


「この時間が転機だよ」


 志織さんはいつもの微笑みを向けてくれている。


 バレていた。私が悩み苦しんでいることに。自分という存在を肯定する気持ちが弱っていることに。


「私の話はさっきので終わりよ。さて、次は絢音ちゃんの番。私に何を聞きたい?」


 学芸特殊分室初代室長。


 私より古い栄凌学園で、その闇を討ち払った要。





「志織さんはファントムという存在を、知っていますか?」

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