第9話
奥には長テーブルとパイプ椅子がいくつかある場所があった。
若島先輩が先にパイプ椅子に座ると、私たちはテーブルを挟んだ反対側に座った。
周囲の部員は、私たちの姿を横目に見ながら活動を続けている。
「茶持ってこい」
若島先輩の言葉に近くにいた坊主頭の部員が飛び跳ねる様に動き、3つのお茶が準備された。
「俺とファントムのことについて聞きに来たんだろ?」
若島先輩はニヤニヤと笑う。横の成美さんから『お前が呼んだんだろうが!』という気配を感じ取ったが、表情はニコニコしているのでバレている様子はない。
私としてもそこを叩くつもりはなく、むしろ気分良く喋ってくれた方が楽だ。
「どんな状況だったのか、覚えている限りで詳しく教えてください」
「ありゃ昨日の夜だ。ちょうどそこの鏡の前でシャドーしてたら、突然後ろに立っていた」
親指で指した先には、人1人余裕で写せるほどの鏡があった。
「白い仮面を被って、『こいつがファントムか!』ってなってよ。やっと俺のもとに来やがった。一丁前にリングに上がりやがったから俺も続いてやったのさ」
興奮気味に語る若島先輩に、口を挟むつもりはない。話せるだけ話してもらおう。
「こっちを試す様な素振りをしやがった。評判通りの実力だったのは確かだ。まぁインターハイ予選の決勝よりは手応えはあったかな。なぁ早乙女ぇ!」
部屋中に響くその声に周囲の部員たちが一瞬動きを止め、息を呑むのが分かった。
声をかけられた本人である早乙女先輩のサンドバッグを叩く音だけが虚しく響く。
やがて周囲も動き始め、早乙女先輩の音は紛れていく。
「ファントムに会ったとかぬかしていたが、どうせあいつはインターハイにいけねぇんだから無意味なんだよ」
吐き捨てる様に言う。どうやらここの仲は相応悪い様だ。
「それで、その後ファントムとはどうなりました?」
「あ? あぁ、何回か打ち合った後、急に構えを解きやがって帰りやがった。大方俺を他のやつらと一緒に考えていたんだろうよ。悪いが俺の相手じゃなかった。多少練習になった程度だな」
感触としては△といったところか。今までの統計だと本物かは疑わしいところだ。
だが今の若島先輩は本物と信じている。そこに口を挟む勇気はない。
「ありがとうございます。他にこの件で気になったことはありますか?」
「悪いが、もうこれ以上ファントムは現れねぇよ」
「それはどう言うことですか?」
「俺が倒しちまったんだからもう出てくる訳ないだろ? 今年のインターハイの結果が悪かったら俺のせいだな!」
「何と言うか、すごい疲れた」
キックボクシング部の部室から戻り、念のため十分距離を取ったところで、成美さんが呟いた。
「結局のところ本物かはどうかは分からないね」
「ご本人は疑っていないようですけれども」
ファントムと会ったということで、もうインターハイを制覇した気になっている。
この後も最後の調整があるとかで、一方的に話を打ち切られた。
新聞部的には呼び出しておいてその態度なので、後で抗議するとかなんとか成美さんがつぶやいた。
「なんか早乙女先輩が不憫だよね。一生懸命に練習しているだけなのに、すごい言われようで。早乙女先輩だって本物のファントムに会ってるかも知れないんだからさ」
インターハイをかけた戦い。そこでどんな勝負が行われたのかはわからない。
だが結果として早乙女先輩は負け、若島先輩が勝った。
それはどうしようもない差だ。
「これって明日の記事に書かないと荒れるかな?」
「見出しはどうするんですか?」
「『ファントム破れた!?』じゃだめ?」
「クエッションマークで怒りそうですね」
「だよねー!」
今回は穏便に済んだが、前例があることを考えると神経を使う相手だ。




