第8話
事態が動いたのは、思ったより早かった。
翌朝分室に入ると、すでに影宮室長、白鳥先輩がいた。2人の姿を見て、何となく察しがついた。
「4日前の片桐君以降、報告がなかったファントムが昨夜また姿を現したらしいんだ」
部長同士の連絡網で報告があがったようで、緊急の伝達だった。被害者はキックボクシング部の部長。昨夜不審な仮面の男と遭遇したようだ。
「キックボクシング部というと」
「うん、すでに早乙女君が襲われている。早乙女君は副部長なんだけど、今回襲われたのは部長の若島君らしい。確か彼はインターハイに出場予定のはずだ」
インターハイ出場が絶対条件とは限らない。果たして今回は本物か偽物か。
「週明けには各地でインターハイが始まってしまう。私としてももう部を離れるのは難しくなる。この週末で終わりにできると嬉しいんだけど」
インターハイ3連覇がかかる女子バレーボール部。白鳥先輩も、部長としてそちらに専念したいところでしょう。
「分かりました。全力を尽くします」
「頼んだよ君塚さん」
いつもと変わらず優しく微笑んでくれる影宮室長。前だったらそれを肯定的に捉えられていた。
だが昨日の成美さんからの話を聞いてしまうと、どうしても直視できない。
《あなたは私に、私の行動に何を求めているのですか》
支えられているというより、見定められている。そんな気がしてしまう。
「それでは早速キックボクシング部を訪ねてみます」
「あ、君塚さん1つだけ注意してほしいことがある」
「なんでしょう?」
「先入観をもたせるのも悪いかもしれないが、若島君は結構短気な性格でね。インターハイ出場を決めて新聞部が取材に行ったんだけど、『決勝の早乙女君との試合になんとか勝利して』って言葉を聞いて暴れたらしい。難しいかもしれないけど、言葉には注意してほしい」
「分かりました」
プライドが高いということなのだろうか。用心するに越したことはない。
白鳥部長に挨拶をして、分室を出る。
ちょうどその時、成美さんが通りかかった。
「ヤッホー聞いたよ。今からキックボクシング部に行く? 一緒に行ってもいい?」
「ええ構いませんよ」
横並びになり、2人で廊下を歩く。
「ちょっと間が空いてまた現れたけど、本物かな?」
「出会ったときの感触を聞いてみなければわかりませんね。ちなみに新聞部の方が取材したときの話を聞いたのですが」
「あぁあれね。一昨日だっけかな。若島先輩って男三人兄弟の末っ子で、みんなキックボクシングでインターハイ優勝してるのよ。それでもこの代は早乙女先輩が勝率的には高くて、下馬評的には早乙女先輩だった。そこを覆したから、ぽろっと出た言葉を拾われちゃったんだって。椅子を蹴り上げたりして暴れたみたいなんだけど、その時に足を怪我したとかですごいいちゃもんつけてきてさ」
「それは大変でしたね」
残念だが、品のよさと実力がうまく比例するとは限らない。特に格闘技というものは、むしろ一線を越えられる意識の差で勝敗が決まる時がある。ちょっとでも躊躇すれば、そこを狙われる。
良し悪しはあれど、気持ちが大きいことは謙虚より勝ることがある。
ひとまず若島先輩の前で早乙女先輩の話を出すのはやめた方がいい。
「そんなすぐに新聞部が行くのは大丈夫ですか?」
「いやそれが先方から、新聞部もよこせって話があったのよ。一応この件で調べてたのあたしだしさ」
「すみません、私が巻き込んでしまって」
「いや、むしろ今の学園で盛り上がってるファントム事件の最前線に立てて光栄ですよまったく」
成美さんの笑顔で、少し肩の荷が下りたような気がした。
キックボクシング部の部室は校内の西側にある。一見すると街倉庫の様な外見で内装はかなり広かった。
「失礼します」と言って建物に入ると、室内にいた全員の目線がこちらに向かってきた。
「よぉ待ってたぜ」
こちらが来るのを本当に待っていたのだろうか。声の主は目の前にいた。
頭の両サイドを刈り上げたソフトモヒカンスタイルの髪。身長は190㎝ほどで屈強な体の持ち主。
名乗られずともこの人が若島先輩なのだろう。
「新聞部もいるな。まさか周防が来るとはな」
「お世話になります」
挨拶をする成美さんとの身長差は40㎝ほど。頭は2個分は違う。
「兄貴に伝えといてくれよ。いつでも入部待ってるってな」
「伝えるだけ伝えてみます」
「さて、ここではなんだから奥に行こう」
若島先輩の後に続き、奥に進んでいく。
その途中、早乙女先輩の姿を見つけた。身長は若島先輩と比べて少し小さいか。しかし体のサイズ感は負けていない。
もしかしたら本物のファントムに会っているかもしれない人物。動きのキレが他の選手より違って見えるのは、その先入観だろうか。
体を左右に振りながら、小さなサンドバッグをコンパクトに叩いていく。その表情にも余裕が見える。
もう少し観察したいが、これ以上見ていたら若島先輩にばれてしまう。機嫌を損ねないように用心しなければならない。




