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第2話

 西日が更に傾き、薄暗くなってきた。季節は8月中旬、お盆を過ぎたところではあるが、またまだ夏の暑さは収まりそうにない。


 田上君の依頼は完了した。ぴょん吉という犠牲を払いながらも、依頼の品である記念硬貨の500円玉は田上君の手に戻った。


 その結果、私が得たものは無力感だった。私は何も貢献できなかった。重要な証拠を見つけたわけでも、新たな可能性に気づけたわけでもない。


 第三者が話を聞いて、覗いて、探すのを手伝った。興味本位の野次馬とそう変わらない。


 分かってはいる。自分のしていることは所詮警察の真似事なのだ。真似であるからこそ、本物ではない。


『彼らはどんな形であれ問題を解決した、という事実があれば良いんだよ』


 以前水林君に言われた言葉が嫌でも頭の中で反響する。嘘をついたことはない。適当に問題を処理したことはない。


 ただ今まで私が対応した依頼の中には、もしかしたら真実ではない回答を提示して、終わりにしてしまったものがあるのではないか、という疑問が生まれていた。


 学園からの帰り道。結崎君とルナと私の3人で並んで帰っていた。正確には2人が前で並び、私は1人後ろを歩いていた。楽しげなルナが話を振り、結崎君がそっけない感じで返事をする。


 9月からの留学生としてルナが紹介され、結崎君がその世話を任されたのが3日前。そう、たった3日のはずだ。


 ルナはその3日の間に完全に結崎君と打ち解け、当たり前のように分室の手伝いをするようになった。いや、正しくは結崎君と肩を並べて依頼を解決している。


 物隠しのイジメをしている実行犯を突き止めたり、いなくなった家畜を機敏な動きで捕獲したりした。物怖じせず喧嘩の仲裁に入ったかと思えば、自分より体格のいい男子を投げ飛ばしてもいる。


 本人は直接体を動かすより道具を使った運動の方が好んでいるというが、その体と使いこなしはとても私では歯が立たない。


「分室にやばい新人がいる」


 たった3日で学園はルナの話題で持ちきりだ。分室は即戦力を手に入れた。喜ばしいことだ。冗談混じりに人材不足を嘆いていた頃が懐かしい。


 でも、私の心には何かがひっかかっていた。


「……だとさ、あーや」


「え?」


 結崎君に突然名前を呼ばれて情け無い返事しかできなかった。どれだけ自分のことで頭がいっぱいだったのかを気付かされたようで、恥ずかしい。


「なんだ、聞いてなかったのか?」


「すみません、少しぼーっとしていました。何の話ですか?」


「今度駅前でお祭りがあるでしょ?」


 質問にルナが答える。


「なんでも新しい建物がお披露目するとかで、どんな建物なのかなぁと」


「元々地元のあーやなら何か知ってるか?」


「ああ、それでしたら大型の市民ホールと聞いたことがあります」


 以前駅の南口にあった百貨店が潰れ、長い間空き地になっていた場所を行政が買い取り、講演やコンサートなどを開けるイベントホールを建設するそうだ。


 行政としては催すイベントに人が集まり、さらにそこでまた様々な消費が促され、経済を回すきっかけにしたいらしい。


 人を集めるのは良いことだが、その分警備だったり、交通渋滞が発生したりでたまらない、と父がぼやいていた。


「建物のデザインも凝っていて、有名な芸術家の方がデザインしているとか」


「へぇなんて名前だ?」 


「正確には記憶していませんが、確か光の芸術家ウィリアムなんとかさんです」


 すると結崎君が明らかに顔をしかめた。彼は芸術にそれなり、いやかなり詳しい。特殊な生い立ちもあり、様々な知識の中でこの芸術家についても知っていて不思議ではない。


「知っている方ですか?」


「ウィリアム・ナルキッソス。まぁな。鏡とかガラス張りとかが大好きなやつだ」


 言われて納得する。結崎君は光が苦手だったはず。なるほど、光の芸術家とは相性が悪そうだ。それなりの規模のものができると聞いているが、きっと何かしらのコンセプトがある建物になっているのだろう。


 そういえばその祭りの際に志保さんの学校が演奏会を行うと聞いた。「ぜひ見に来て、聞いていってください!」との連絡を受けていたが、はたして結崎君は行くのだろうか。


「そういえば結崎く――」


 私の言葉は、突然動き出した2人の動作に重なり、途中で消えた。振り返って私を見ていた2人は突然正面を向くと、片手を振り回した。その手には何かが握られている。ボール。ちょうど野球のボールほどの大きさだ。


「一体どういうつもりかな? 人に向かって物を投げるなんて」


 口調と表情は穏やか。だが明らかな敵意をもってルナは正面に立つ投手に言う。背格好としては男性だろうか。顔全体を白いマスクが覆っている。目元が少しだけ開いているそれは、忍者のようなものだった。ただ服装は長ズボンのジャージに、長袖インナーの上に半袖のポロシャツという現代風なもの。


 明らかな不審者である。そしてルナの言葉を信じるなら、何かしらの意志をもってこちらにボールを投げてきた。もちろん、仲良くキャッチボールをしようとしている雰囲気ではない。結崎君とルナが反応しなければ、私は何が起きたのか全く分からなかった。


 マスクの男は何かを思ったのか、すぐさま反転し逃亡した。


 それとほぼ同時に結崎君とルナもスタートを切っていた。私も慌てて追うが、もとが二人より遅いうえにスタートも遅れている。ルナもそうだが結崎君ははっきり言って身体能力が規格外だ。彼が私の前で本気を出したことがあるかは分からないが、平気で短距離の高校記録を塗り替えられるかもしれない。


 だがその結崎君をもってしてもあっさり捕まえることができないほど、マスクの男も速い。視線の先ではマスクの男が角を曲がり路地に逃げ込むところだった。ビルとビルの間の道に姿が消える。続いて結崎君、ルナ、私の順で角を曲がろうとしたところ、大量の段ボールが目の前に散らばってきた。


 思わず手で顔を守る。マスクの男が角を曲がる際、重なって外に出ていた段ボールの棚を崩してこちらの機動力を下げてきたのだろう。それにしても数が多い、人1人入りそうな大きさや、小包程度のものなどさまざまな大きさの段ボールを払いのけ、改めて顔を上げると男の背中は予想以上に遠くにあった。こちらの足が止まったのは一瞬だが、まるで瞬間移動したかのように距離が開いている。


 姿はまだ確認できるが、流石に追いつける距離じゃない。ぐんぐんその背中は小さくなっていく。逃げられた。


 その時、転がっていた段ボールを、結崎君が力任せに蹴り上げた。暴力的な破壊音が響く。次から次へと段ボールを破壊する。逃げられた、失敗した。不審者を捕まえることはできなかった。その悔しさは分かる。マスクの男について何も分からなかった。いや、もしかしたら私はあれが何なのか知っているかもしれないが、直接確認する手段はなくなった。


 抑えられない気持ちがあるのか、結崎君は段ボールを蹴り続ける。蹴る、蹴る、蹴る、蹴る。


 ボゴッ!ボゴッ!ボゴッ!ボゴッ!


「結崎君、いくら何でも」


 ドスッ!


「ガハッ!」


「ビンゴ」


「え?」


 違う種類の音と、謎の人間の声が重なる。直前に結崎君が蹴り上げた段ボール。()1()()()()()()()()のそれの中には、先ほどのマスクの男が入っていた。

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