第1話
私は身を乗り出して中の様子を観察する。ところどころに開いた小さな穴。銀色が反射する昔ながらの形のそれは、ほのかに花の匂いがした。
「中にないか?」
「残念ながら。というか、もし入っていたらカラカラとお互い鳴るでしょう?」
体を起こして洗濯機から出る。縦型の自動洗濯機。複数の運動部が利用するランドリールームの一角にあるそれは、歴代の名選手の服を洗い続けている働き者だ。
もっとも、その働き者には今「500円玉を飲み込んだ嫌疑」がかけられているのだが。
「頼むよ。あれガキの頃に見た世界大会の記念硬貨なんだよ」
バスケ部のエースの田上君。何でも試合の際にはズボンの裏ポケットにコインをお守り代わりに縫い付けているのだとか。それが昨日の洗濯において干しているのを取り込む際、1年生が布の破れを発見し、肝心のコインが行方知らずになってしまったというのだ。
「昨日の試合が久し振りに午前中で終わったから、ついでに布団のシーツとかも回せるしラッキーって思ったのが間違いだったよ、、、」
高校バスケ界では世代別の代表にも選ばれている実力者が、今では肩を丸めている。数日後にはインターハイを控えていることもあり、同級生として何とか力になってあげたい。
「可能性としては洗濯物に紛れたが1つ。2つ目は洗濯機の奥底に入ってしまったか。3つ目は排水弁に引っかかっているか。くらいですかね。専門的な知識はありませんが、解体するには業者に依頼するしか」
「1つ質問いいか?」
私の言葉を遮り、入れ違いで洗濯槽を覗いていた結崎君が聞く。
「一緒に洗ったのは何だった? できる限り正確に」
「えっと、布団のシーツに枕。あと枕カバー。パジャマに、それと、、、」
「言い渋ると碌なことにならんぞ」
「いやでも、さっきそこに全部出したし」
「あーや帰るぞ」
「ま、待ってくれ! 言う! 言うよ! う、ウサギのぬいぐるみだ!」
田上君が出入口付近にあるウサギのぬいぐるみを指差した。洗濯したものはあらかじめ現場に持ってきてもらっていた。
にんじんを大事そうに抱えているウサギ。大きさは50センチくらい。少しでぶっちょでちょっと可愛いかもしれない。
というかフィールドに立てば2年生ながら190を超える巨体の脅威を遺憾なく発揮する若き才能が、まさかのウサギのぬいぐるみと一緒に寝てるとは驚きだ。
「昔から使ってるのか?」
「そ、そうだよ! なんだよ悪いか!?」
「一体いつからだ?」
「しょ、小学生の時から一緒なんだな! あいついないと寝れないんだよ! これで満足か!」
「くだらない情報をありがとう」
「言い方があるでしょ!?」
表情一つ変えず、半ば脅しておいてこの卑劣な言い草は部外者でも腹が立ってしまう。いや行けない行けない。私が冷静にならないでどうーーーー
「だが使える情報だ」
その言葉に息を呑む。なんだ、何の話だ。今の話のどこに引っ掛かる場所があった?
一つ下の後輩。ただ、私なんかよりも洞察に優れた本物は、その無造作に伸びた髪の軽くかいた。
「洗濯槽に飲まれているなら仕方ないが、もし洗濯物に紛れているとしたら可能性が1つ」
洗濯物は先ほど私も確認した。入り込みそうなポケット類に見逃しはない。枕のカバーのジッパーが開いたままだったからその中かとも思ったが、そこも当てが外れた。
そこじゃない。ではどこに。
「ウサギのぬいぐるみ、その中だ」
「ぬいぐるみ、ですか?」
物品の一つであるからぬいぐるみも調べた。ジッパーのようなものはなく、持っている人参にも中に入りそうな隙間はない。ところどころ年季は感じるが、どこか破れてもいなかったはずだが。
「あれ!? なんかここに糸が出てますね!」
「ん? ああぴょん吉!」
長い耳を掴んで、ルナがぴょん吉?を持ち上げる。その様子に田上君が絶叫する。
「何するんだよ!」
「いやだってこのウサギ、首の付け根の糸が解けて穴空いてるよ?」
ほつれ。糸。古い。穴。
「まさか、経年劣化で糸が切れた?」
あり得る。現にコインを縫い付けていた糸は、今回の洗濯が原因で切れてしまった。ユニフォームなら縫ったのは最近のことだろうが、洗濯の回数はかなり多いはず糸が切れるのも時間の問題だ。
対してぬいぐるみはそう洗わないだろうが、昔から使い続けているなら劣化はする。
「あくまでも可能性。絶対ではない。だが穴があったのであれば、その可能性は上がる」
結崎君が淡々と話す。自慢するわけでも、堂々とするわけでもない。洗濯中に、その穴に500円玉が吸い込まれた可能性。
シュレディンガーの猫ならぬ、ウサギの中の500円玉。ウサギの首にあるちょっとした穴に突っ込んだルナの右手。田上君の再びの絶叫を無視してまさぐったその右手が引き抜かれた時、黄金色に輝く500円玉が握られていた。